1日目より半年前から


最近僕に恋人が出来た。名前は秋葉透。
どこからどう見ても同性だ。しかも3つ年下の。







彼との出会いは酔い潰れた僕を拾ってくれたという最悪なもの。
でも透はそんな僕に優しくしてくれて、この外見のせいで倦厭されがちな僕にまるで普通の友人のように気安く接してくれた。
思えばそのあたりからしてすでに僕は透に心酔してたのだけど、男同士ということもあってしばらくその気持ちに気付かなかった。


透との一番最初の邂逅はある冬の日、雑誌でのことだった。これは僕が一方的に知っていただけだ。
僕はその日、前日に親友の司狼から服装のダメ出しをされたばかりで、でもそういうことには疎くてどうすればいいのかも分からなかった。
身長はそれなりにあるけれど全体的に肉がつきにくい僕と、上背が高くて立派な体格の司狼とでは違うから彼の服装は参考に出来ない。

だからなんとなく、職場に置いてあったメンズファッション雑誌に手を伸ばしたのだ。
それは細身のモデル達が流行の服を着て、様々なポーズをとって服やアクセサリーを綺麗に見せている雑誌だ。
職場の休憩室に置いてある雑誌はだいたいが女性職員が持ち込んだもので、誰でも読んでいいという暗黙の了解があった。

ぱらぱらとめくると、一人の青年モデルが目に焼きついた。
彼は魅力的な笑顔でそこに写っており、動きのあるポーズが服を躍動的に見せていた。ゆるやかな印象の服にかっちりとしたブーツが目を引く。
次のページは何かを考え込んでいるような伏し目と横顔で、カジュアルかつ洗練された都会的なジャケット姿。そこに眼鏡と帽子を合わせている。
ヨーロッパを彷彿とさせる街角を背景に、ポケットに手を入れているポーズがこの上なく格好良い。

――そしてページを捲った僕は、目が釘付けになった。

こちらを正面から真っ直ぐに見て、訴えかけるような真剣な表情の彼。
胸元を大胆に開けてシルバーのごつごつとしたネックレスを見せ、胸を撫でるように添えた手にいくつもの指輪を嵌めていた。
少し開いた薄い唇や、育ちのいい猫のようなやんちゃな瞳、高い鼻。それらがすごく色っぽくて同性だとわかっていてもドキリとした。

僕はページを遡ってみた。モデルの名前はトオル。彼の特集グラビアが3ページだけ続いていたのだ。
服や自分の魅せ方を知っている人だ、と思った。それが素直に羨ましいと思った。
僕はこの異国の血が混じった外見を、褒められることも時にはあるけどいい思いをしたことがなかったから、こうやって自分の体を武器に堂々としてる姿は目に眩しく映った。

もっと彼の他の表情が見たいと思って同じ雑誌を探してみたけど、生憎それ一冊きりだった。
僕は家に帰ってインターネットで雑誌を検索してみた。しかしすでに売り切ればかりで手に入ったのは一冊だけだった。
トオルの載っているページは少なくて、しかも写真も小さいものばかりでがっかりした。


次の日職場に行くと、雑誌をもらえないか頼むことにした。けれど誰の持ち物か分からない。とりあえず女性の中で職場歴が一番長い金谷さんに聞いてみた。
すると「誰のかわからないけどもう古い雑誌だし持ち帰っちゃっていいわよ。どんどん増えるから捨てようと思ってたし」との言葉をありがたくいただいた。

僕は雑誌を家に持ち帰って何度もそのページを見た。あの初めて見たときのドキドキ感は薄れたけれど、そうしているうちに今度は妙な親近感が湧いた。
それから雑誌の発売日になると思い出したようにネットショップで注文した。トオルの写真はやっぱり少なかったけど、誰より魅力的に思えた。


――だから、僕が彼の家で目を覚ましたときは本当に驚いた。


まずは知らない部屋のベッドの上で呆然とした。枕元には財布と携帯。卵とバターの焼けるいい匂いにつられて寝室を出ると、彼がフライパン片手に顔を出した。
雑誌で何度も見たトオルの顔がそこにあって僕は混乱した。ズキズキする頭痛と二日酔い独特の気持ち悪さを抱えたまま、ああこれはきっと夢だと思った。

どうしてよりによって彼が?でもよく似てるだけの別人かもしれない、と半信半疑だった。
てきぱきと朝から颯爽と行動し、しかも僕の懸念を先回りしてくれる彼の心遣いには本当に脱帽した。

彼がいなくなると僕は少しずつ落ち着いた。
我に返ってみれば、僕はひどく汗臭くて少し嘔吐物の饐えた臭いもする自分に落胆した。まさかこんな醜態で強引に一晩宿を借り、おまけに吐瀉物の始末までさせてしまったとは。
ベッドに臭いが染みついてしまっただろう。酒臭い溜息を吐く自分を恥じた。

まずは言葉に甘えてシャワーを借りる。脱衣場に新品の下着まで用意してあったのには驚いたがさすがに使えなかった。
しかも着替えとして置いて行ってくれた服はすごくお洒落だった。袖を通すとすこしだぶついたけど、自分がいつも着ている洒落っ気のない服とはまるで違った。
細身で落ち着いた色合いのシャツに、黒いジーンズ。それらは何とも言えないいい香りがして、着ている僕も少しモデル気分になれた。

彼の作った朝食はシンプルだったけど驚くほど美味しくて、家の中も綺麗に掃除されていて、微かに煙草の匂いがした。

面倒をかけさせて悪いと思ったけれど、本当にあの「トオル」なのだったら何が何でもここで繋がりを断ちたくなかった。
自分の自信のなさをこの時ばかりはしまいこんで、僕は祈るように自分の連絡先を書き綴った。


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