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『常闇城の案内人』とかいう得体の知れない肩書きに、やや遅れて眉をひそめる。
ラーシュは見たところ単身だ。決まったパーティを組まずに雇われ専門の冒険者っていうやつもいるし、そう言われたほうがまだ納得できる。
それが――案内人って何なんだ?
「なんだよお前、城に詳しいのか!?」
「うん」
目をキラキラさせて無邪気に詰め寄るクレイグにラーシュは頷いた。
腕を掴まれたままの俺も、予想外の事態に聞かざるを得なくなってしまった。
「その案内人って何?」
「きみたちみたいに城に挑もうっていう身の程知らずの冒険者を、無事に帰らせるお仕事だよ」
身の程知らずとか言われて少しムッとした。
それはそれとして、酒場でのあの様子からして探索は相当難しいってことなんだろう。
もう誰も、城も伯爵も思い出さないほどにーー。
するとラーシュは俺からパッと手を離し、指を二本立ててみせた。
「それでね、案内料はこれだけ」
「200クアロ?雇われにしては相場よりするな」
「何言ってんの、桁がひとつ足りないよ」
「2000!?」
俺とエレノアの声が揃った。しかしラーシュは涼しい顔で立てた指を横に振った。
「パーティひとりにつき、ね」
「トータル8000!!?」
俺はほとんど悲鳴に近い声を上げた。そんなの、今ある全財産を差し出すようなものだ。
隣でエレノアが翅を激しくばたつかせている。だいぶお怒り気味である。
「ふっかけてくれるわね、魔術師」
「命の値段だと思えば安いもんじゃない?」
機嫌の悪いエレノアに対してラーシュがのんびりと返す。案内と言いつつ戦闘のほうにも自信がありそうな口ぶりで、彼はあくまで上からの態度だ。
やってられるかと突っぱねようとした矢先、クレイグの馬鹿が揚々と腕を振り上げた。
「よっしゃ乗った!あんたに城案内を頼むぜ、ラーシュ!」
「クレイグ!?」
「はい決まり」
俺とエレノアの非難もどこ吹く風で、クレイグとラーシュは息のあったタイミングで拳を突き合わせた。
どこに行くかなんてまだ決めてなかったのに、クレイグの野郎!
「いいかラーシュ、もう一度言うがオレらの目的は伯爵の財宝だ。必ず見つけてやる。そうすりゃ案内料なんてケチなこと言わずに、お前にもドーンと分け前くれてやっからな!」
「了解。楽しみだね」
クレイグの馬鹿げた目的を聞いたラーシュは、これまたあっさり頷いた。
「そうと決まりゃ、さっそく明日たのむぜ!」
「あ〜残念。俺、明日は用事が入っちゃってんのよね。明後日なら大丈夫」
「おう、それで構わねえよ」
「おい何言って……!」
トントン拍子で決まろうとしているところを止めようとしたら、服をギュッと引っ張られた。
ナズハだ。何かもの言いたげに俺を見上げている。
そっちに気を取られている間に、クレイグは待ち合わせ場所と時間を勝手に決めていた。
「じゃあまた、明後日」
ラーシュは去り際に顔見知りらしい通りがかりの美女二人組に声をかけて、彼女らとともに夜の繁華街に消えていった。どこまでも羨ましいやつだ。
ラーシュと美女のうしろ姿に釘付けになっている間に、エレノアがクレイグに怒鳴り散らした。
「なんでっ、あんたはいつもいっつも……!勝手な約束してんじゃないわよ!」
「んだよ、もともと城のお宝目当てで来たんだからいーだろ?」
「それはあんただけでしょ!もう!アルドも何か言ってよ!」
エレノアに水を向けられたが、まだ俺の服を両手で握っているナズハに視線を落とした。
ナズハは真っ直ぐに俺を見ながら何度か口を開けたり閉じたりした。こういうとき、俺が聞いてやらないとなかなか意見を言えないのだ。
「どうかしたか、ナズハ」
「あの……よく知らないですけど、私もあの男の人、信じてみてもいいと、お、思います」
意外な言葉に、俺だけじゃなくエレノアもクレイグも口をあんぐりと開けた。おっとりしたナズハが一番倦厭しそうな男なのに。
はぐれていた間の、カジノでの一件を知らないからか?
「何でだよ?ってか、お前はいなかったから分かんないと思うけどな、あいつすげえ嫌なやつだぞ」
「……でも、笑わなかったから」
ナズハは服を握る手にますます力を入れて、丸い目をうるうると揺らした。
「お店中の人、みんな、私たちのこと笑ってたのに、あの人だけ、笑わなかったから……」
クレイグとエレノアがハッとする。
俺だけラーシュが背後にいたから気づかなかったが、ナズハはそれを見ていたらしい。
言われてみれば、俺たちを追いかけてきた時もそうだ。真剣な目つきだった。となると、からかい半分で同行を買って出たわけじゃないのか?
それにしたってあの金額はありえないと思うが。
「――わかった。ナズハがそう言うなら城探索も考える」
「アルド!」
「アルド!?」
クレイグとエレノアの正反対の声音が夜空に響く。
「ただ、やっぱりあの案内料ってのはいくらなんでも懐に痛い。ラーシュと交渉してみて、それでも値切れないようなら今は諦める」
「諦めるって、マジかよアルド!」
咆哮まじりに責めてくるクレイグの顎の下を再び撫でてやる。それでも興奮は治まりきらない。だからもう一言付け加えた。
「『今は』って言っただろ?ロゲッタス滞在中にそのための資金を稼げばいい」
「えっ、それなら湖底遺跡も行けるってことじゃない!」
俺の提案にエレノアが翅をフワッと広げて歓声を上げる。クレイグも不承不承ながら頷いた。ナズハは両手を組んで、感激って顔で俺を見上げてきた。
なんせこの魔術都市は実入りのいい仕事が多い。それこそ野薬草むしりだけでもいい稼ぎになる。もともとしばらく滞在する予定だったしな。
それに――。
「ん?何か言ったか?アルド」
「……いや」
他の冒険者に言われ放題、笑われっぱなしは俺も悔しい。
常闇城がどれほどの魔境だろうと、呪いでもなんでも解いて、やつら鼻を明かしてやりたくなった。
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