11


ラーシュの顔を思い浮かべたとき、太枝が蛇に似た動きで腿にぐねぐねと巻きついてきた。
内股に枝が這うと、ビクッと震えが走った。
脛から上に向かってするすると這い回る。何かを確かめるようにまさぐってくる。その動きはやがて股間に達した。

「やめ……、んんっ」

太枝が股間を擦り上げながら蠢く。木に意図なんてものがあるのかは分からないが、異様な動きにさすがに困惑した。
これだけ抵抗できない俺相手に、いつまでもこんなことをするのは変だ。魔物が捕食するならさっさと絞めるなり叩きつけるなりするはずだ。
もしかして俺を捉えたのは、他に何か目的があるのか?

「……え?あっ」

襟をぐいぐいと乱暴に広げながら、一本の太枝が服の中に入ってきた。
枝は服の中でもぞもぞと動いた。火照った肌を慰めるように這う。その樹皮は、若木みたいにつるりと滑らかだった。
出っ張った節が乳首の先に当たると、鼻にかかった声が漏れた。その動きが連続したせいで声が抑えられなくなる。さらに体温も上がり、服が汗でじっとりと濡れた。
同時に股間にも太枝が執拗に擦りつけられている。
どうもなんか変だ。夢魔と同じく性感を刺激して精気を吸う魔物なのか?吸われてるような感じは……しないけど。

「あっ、ちょ……やめろ、ん、んっ」

枝が腰のあたりをまさぐる。ズボンの中に入ろうとしたもののベルトに阻まれてるらしい。
なんとなく嫌な予感がして慌てて腰をひねる。マジでなんなんだこの木は!

「ふっ、ざけんな、はな、せっ……!」

腹の奥から声を振り絞ったそのとき、また口の中に先の膨らんだ枝が入ってきた。
またあの変な液体を飲まされるのは嫌だ。噛むのはやばいと思って舌で必死に押し返したが、さらに奥に押し込まれた。喉奥が苦しくてえずく。嘔吐感で涙が滲んだ。
シナモンの匂いが再びしたとき、「アルドぉぉおぉ!!」と良く知った声が耳に届いた。

「アルドに何してやがんだっ!こんにゃろ!」

手足を拘束していた太枝がブチブチブチ!と次々ちぎれた。
支えを失ったことで不格好に地面に落ちる。それとともに口に押し込まれていた枝も外れ、息ができるようになった。

「げほっ、げほっ、おぇ……くっ、クレイ、グ?」
「おう!大丈夫かアルド!?」

転がり落ちた痛みと嘔吐に悶える俺の前にクレイグが立っている。
ピンと立てた三角耳にふさふさの尻尾、そして筋骨隆々とした体躯。
頼もしい味方の姿に、これ以上なく安堵した。

「だ、大丈夫、じゃ、ねえ……」
「つぅかなんだよこの木!魔物かぁ!?」
「た、ぶん……。ていうか俺、毒飲まされた、かも」

俺の言葉を聞いたクレイグは、目をひん剥いて尻尾を膨らませた。

「んじゃ倒すのはあとだ!急いでチビんとこ行くぞ!」
「ああ」

クレイグが俺を軽々と担ぎ上げる。
一方でねじれ樹は俺という獲物を取られて怒ったようだった。馬鹿力で裂かれた枝は再生しないかわりに、新たな枝が倍以上に増えた。その枝たちが獲物を逃すまいと殺到してくる。
太枝の猛攻を避けながらクレイグは走り出した。

「ちっくしょ、アルド重ぇ!チビみてーにはいかねぇな!」
「あたりまえだ、ろ」

文句を言いつつもクレイグは器用に枝を避けた。うしろに目があるかのように素早く攻撃をかわしていく。
枝の動きを見ていると、逃げようとするクレイグじゃなくてやっぱり俺を狙ってる。

「地面、気をつけろ、クレイグ……!やつの根がある!」
「おうよ!」

さっきのことを思い出して忠告すれば、思った通り地面が木の根に沿ってボコボコと盛り上がった。
掘り返されて柔らかくなった土を避け、クレイグはあえて根に足を乗せた。根を蹴ってうまく飛び超える。相変わらず半端ない身体能力だ。
感心したのもつかの間、激しく揺らされたせいでちょっと酔ってきた。気持ち悪い。

目が回って周りが見えなくなり、どういう状況か把握できないうちに視界が開けた。
日も陰ってきた頃だというのに、森の外はひどく明るく感じた。

「はあ、はあ、どっ、どうだ?さすがに、ここまでは、追って来れねーみてぇだな」

クレイグの言葉にハッとして顔を上げる。森の出口からはかなり離れていて、枝も根も迫る気配はなかった。
さすがのクレイグも俺という荷物を抱えて全力疾走してバテたらしい。しかし地面に下ろすようなことはせずそのまま走り続けた。
攻撃を避ける動きがなくなったから揺れが減って、俺も少し落ち着いた。

「……助かった、クレイグ。お前、あそこに俺がいるって、なんで分かった?」

飲まされた液体のせいか、まだ体温も息も上がっていて喋りにくい。全身は痺れ続けていて指を動かすことすら億劫だ。
クレイグは険しい顔で周囲を警戒しつつ三角耳をピクピク動かした。

「貝入れる袋がいっぱいになっちまったからよぉ、お前ンとこに入れさしてもらおうと思って探しに来たんだよ」
「そうか……」

こういうときクレイグは、野生の勘というかそういうものが働くらしく、袋がどうとかよりも俺の確認に来てくれたのかもしれない。
何にせよ助かった。いや、飲み込んだ毒の種類によってはまだ助かっていないが。
そのあたりをクレイグも分かってるそうで、すぐにナズハのところに運んでくれた。

着くなり俺の姿に驚いたナズハに、クレイグは「魔物にやられた。傷はないっぽいけどよ、毒飲んだかも」と短く説明した。
草原の地面に寝かされる。ナズハは俺の体の状態を診つつ、クレイグから魔物の特徴を聞いた。俺も自覚できている症状を伝える。
しばらく俺の体のあちこちに符をかざして診たナズハは、小さく溜め息を吐いた。

「えっと、皮膚に、いくつか擦過傷がありますが、の、呪いの痕跡とか、内臓の損傷といった異常はみられません……今は」

現況軽い痺れとひどい倦怠感で済んでいるものの、時間が経てばどうなるか分からない。
木の魔物なんてのは今まで遭ったことがないから、今すぐの解毒は難しいとナズハは結論付けた。
なにより外傷からの毒じゃなく、少量でも飲んでしまったってことがまずい。
クレイグがエレノアをすぐに呼んできた。ところが彼女は俺の姿を見るなり狼狽え、妙な顔をした。

「なに?この匂い」
「ニオイだぁ?」

クレイグがフンフンと鼻をひくつかせる。しかしヤツは何も感じないというように首を傾げた。
獣人の鼻で嗅ぎ取れない匂いなんてあるのか?

同じく状況説明を聞いた彼女もやはり難しい顔つきになった。心配そうに俺の手を握りこんでくる。
みんなを見回してやや逡巡したナズハは、きゅっと眉毛を吊り上げて、独特な形の符を取り出した。

「あの、今は、ね、眠らせたほうがいいと、思います」

『眠らせる』というのは、致命傷や、すぐに対処できない毒や呪いを受けたときに、代謝を必要最低限まで落として休眠状態にする術のことだ。
一時的な処置だが、今はそれしかないだろう。クレイグとエレノアも神妙な顔で頷いた。

「頼、む……ナズハ……」
「はいっ」

ナズハが呪文を唱えると、符が光り、白い亀の姿に変わった。
それを視界の端に捕らえた直後、俺の意識はぷつんと途切れた。


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