9


エレノアと同じ問いに俺は答えてもらえなかった。
そのことはなんとなく言えず、「俺からもラーシュに話してみる」と何食わぬ顔で返した。
それでもなお物言いたげにエレノアが見つめてくるから、いい機会だと思って伯爵の『お土産』のコインのことを軽く言っておいた。主にその価値について。
それを伝えるや否や、彼女は大声を出す寸前で慌てて飲み込んだ。が、翅を大きく開いて興奮と困惑でパタパタと激しく動かした。

有翼人の持つ魔力は主に羽に集中して巡っている。だから妖精族みたいに透けるほど薄い翅でも空を飛べるわけだが。
それを時々うらやましく思う反面、こんなふうに感情が目に見えてだだ漏れになるのは考えものだ。

「ナズハとクレイグには黙っておけよ。特にクレイグ」
「うん、分かったわ。ていうか言えるわけないじゃない」

さすがエレノアは話が早い。クレイグはもとより、ナズハにも言わないほうがいいことを良く理解してる。
ナズハがコインのことを知ったら、自分の手に余るからパーティの財産として役立ててくれと言う。絶対に。
ナズハのそれは献身的というより、大きな責任を伴う決断が怖いせいだ。だからそれを放り出して人任せにしてしまう癖がある。
冒険者になってからはだいぶ成長したとは思うが、まだまだ頼り癖は治らない。

正直、換金もひとつの手だと思ってる。
でもそれはどうしても首が回らなくなったときの最終手段でいい。
かといってあてにしちゃいけない。俺らは家族同然の幼なじみだ。だからこそ、個人の持ち物や財産は明確に線引きしておかないとならないのだ。
もちろんエレノアも然り。彼女はキラキラしたもののほうが好きだから死んでも換金なんてしないだろうけど。


エレノアと別行動に戻ったら、俺は、貝を探すふりをしながら昨日の『星付き』を見つけた場所まで移動した。
キョロキョロしつつ森の中に入って、周りに人がいないことを確認する。

「――このへんでいいか」

腰に括りつけた革製のポーチを開いて射手の指輪を取り出す。
昨日みたいに意図せず魔術が発動すると困るので、今日は指輪を外していた。
使い方が分かっていない道具を使うのは浅はかだ。かといってこのまま宝の持ち腐れでいるのももったいない。
今日も相変わらず俺はあんまり貝を拾えてなかったことだし、いっそのことこの指輪について色々ためしてみようと思い立った。
俺が使う俺のものなんだから、ラーシュ任せにばかりしていられない。

どんな条件で魔術が発動するのか、指輪が何に反応するのか――どんなことでもいい、糸口になりそうなものを見つけたい。
それを試すにあたって、なるべく他人への被害が出なそうな場所といったら、昨日たまたま来たここくらいしか思いつかなかった。
まあ、昨日の威力を見る限りいきなりものすごい術が発動するってことはなさそうだが。
昨日の状況を思い出してみると、とっさのこととはいえ『物を』『勢いつけて』『投げて』『獲物に当てた』。このあたりが射撃とも共通すると思う。

「とりあえず、こいつから試してみるか」

まずはそのへんに落ちていた小石を拾い、空中に向かって軽く投げた。足元に落ちるも、反応なし。
次は投げる手を替えて、同じことを。これも反応なし。

そうやって俺は、いろんなパターンをためしてみた。投げる高さ、石の大きさ、距離、投げ方なんかをそのつど変えてみる。投げるものも石から葉っぱにしてみたり、今日獲ったばかりのパギュロまで試してみた。
何度も何度も試して、一、二時間ほどたった頃――。
金槌と同じくらいの長さの木の枝を投げてみたそのとき、わずかな変化があった。

「おっ」

地面に落ちた枝がうっすら白くなっていた。指でつついてみたら若干冷たい。溶けかけの氷を触ったときに似ている。
昨日みたいな雷撃じゃない。でも明らかに魔術だ。
もう一度同じことをやってみたら、今度は青い火花が見えた。

それを繰り返すうちにようやく条件が見えてきた。
重要なのはおそらく『速さ』と『形状』だ。
ある程度スピードがないと効果が出ないらしい。俺がいま使っているのは木の枝だから軽くてそれほど速くならないし、威力もあるかないかのほんのちょっとだ。
じゃあ、昨日みたいに金槌の柄なら?
重量があるぶん力がかかって速度も距離も伸びた。だから威力も相応に上がってたんだ。

それから投げる物の形。
射手ってくらいだから弓矢を想定しているのは間違いない。そして実際に威力が乗るのは矢のほうだ。ということは、大雑把にいって『細長いもの』と考えればいいんだろう。
金槌の柄が『細長いもの』と判別されたのなら、矢の二本、三本同時撃ちも想定された太さなのか?……俺も出来ないことはないけど、精度が落ちるからほとんどやらない。やるのはよっぽど獲物が弱くて余裕があるときか、敵が多すぎてむちゃくちゃに撃っても当たるときくらいだ。

それらを踏まえて、本物の弓矢でやった場合どうなるかを想像して身震いした。もちろん興奮で、だ。

しかし最大の問題は、付与される術だった。
魔術効果は『どこかに当たってから』発動するようだ。それは地面に落ちるとか、物にかする程度でもいいらしい。
なのに肝心の、発動する術の法則が分からない。
魔術の天才と謳われていた伯爵が、その時々で気まぐれに出る術なんてものは考えないだろう。
気楽な狩猟ならともかく戦場ではあまりにリスクが高い。魔物によっては力を与えてしまう属性だってあるんだから。
なにかあるはずなんだ、思い通りに魔術を出す条件が。

試行錯誤に夢中になるあまり、あたり一帯の枝がなくなったからもう少し森の奥に入った。
良くしなる枝を探し、そこに自前の弦を張った。いつも持ち歩いてる替えの弦だ。弦ってけっこう切れるから。
それから細くて固めの枝の先を短剣で軽く削って、簡易的な『弓矢』の完成。
完全におもちゃでしかないが、ただのお試しだから仕方ない。

「んー……的はあれでいいか」

ひときわ立派な大木に目をつけた。俺を五人分束ねてもまだ及ばないような太い幹だ。樹はねじれたような特徴的な姿で立っている。
地面に転がっていた太い枯れ木を拾って余分な部分を切り落とした。『細長い物』にならないよう太く短く形を作る。
真ん中にロープを結び、それをねじれ樹の枝の向こう側めがけて投げた。
ロープの端を引っ張って輪を作り、結び目を作って視線の高さあたりで固定。枝からぶら下がった『的』の完成だ。

ねじれ樹から距離を取って的を凝視した。やや風があるが強くはない。的が揺れるものの、これくらいなら十分いける。
さて、おもちゃの弓矢でどれだけの威力が出るか――。
矢をつがえて弦を引く。弓自体が弱く脆いから、引く力を調節しつつ動く的に狙いを定めた。
ここだ、と思った瞬間に矢を放つ。投擲よりは速いスピードで飛んだ。

矢は難なく的に当たった。
刺さりはしなかったものの、その瞬間、風が刃となって的の端を抉った。射撃の衝撃で的が上下左右と激しく揺れる。

「……マジで?」

急いで的に駆け寄り、ぐるんぐるん回るそれを捕まえてまじまじと見た。
木の的が抉れてその場所が白く凍るという、普通の射撃じゃありえない痕跡ができていた。
それを目にしたらさっきとは違う意味で身震いした。

やべえな、おもちゃの弓矢でこの威力かよ。
もし次に射った矢が火を放ちでもしたら怖いし、ここまでにしておこう。とりあえずラーシュに報告できそうなことは一通り揃ったしな。
あとは、今夜ラーシュに会ったら、あいつが城で調べてくれた内容と照らし合わせて――。

そこまで考えて、ねじれ樹の根元に弓を置いて水筒を取り出した。
水を一口含んでごくんと飲み込む。だいぶ喉が乾いていたみたいで、続けてゴクゴク飲んだ。

――今夜もラーシュに会いに行く。
待ってる、と微笑んだ彼を思い出したらどうにも落ち着かなくなった。
昨夜のことを思い返すと、苦々しいような甘ったるいような、一言では言い表せない気持ちになる。
それでもたぶん、今夜はするんだろう。昨夜の続きを。
指輪のこととかなんとか口実にしてみたが、結局はそれ目的だ。
口実がないとラーシュに会いに行けないなんてどうかしてる。仲間なんだから下手な言い訳なんて必要ないはずなのに、な……?

「……あ」

急に、すとんと胸の中に落ちてきた。
そうか、口実だ。口実が必要なんだ。今の俺みたいに、ラーシュにも。
俺らに借金を負わせるのは……というか、ラーシュにとって『借金』はその場に留まるための口実なんだ。
考えてみれば最初からそうだった。
ハウバに多額の借金を作っていたのは、『この街から動けない理由』のためだったんだ。だからたいして返す気もなく散財してたわけか。

「あークソ、馬鹿か俺は……」

そうだ、知ってたんじゃねえかよ俺は。
ラーシュがどれだけ英雄パーティの彼らを好きだったか、いや、今も好きなのかを。
彼らとの思い出を、ラーシュの気持ちを、俺だけが知っていた。夢魔によってあいつの記憶そのものを見たんだろうが。

ラーシュは、俺らのパーティに留まる『理由』がないと駄目なんだ。なんせ十年もこじらせた片思いだ。
たとえば明日にでも本当に英雄パーティが迎えに来たらどうする?ラーシュは迷わずそっちに行くだろう。確実に。
でも、どうして他の人間とパーティを組んでいるのかと彼らに訊かれたら「金を貸してるから仕方なく」と答える。
そう、「決してあなたたちを裏切ったわけじゃない、ずっと一途に待っていたんだ」と言うためだ。

「はあ……」

俺は本当に馬鹿だ。自分たちの目線でしか考えてなかった。
全部知ってて仲間に誘ったんだろ。あいつの悩みや苦しみを、俺が理解しなくて誰がするんだよ。

『口実』なんか使わなくていい仲間――あいつの言う「仲良くなりたい」はそういう意味だったのか。
英雄の彼らのことは好きだけど、捨てられた傷は深い。だから彼らと会ったとしても、口実なんてなくても俺らのほうに留まれるものがほしいんだな。選ぶ余地がないくらいに。
ラーシュもまだ迷ってるんだ。本当に俺らでいいのかって。
だとしたら、俺があいつのためにすべきことは――。

「……っ!うっ、ぐっ!?」

考え込みつつ木の幹に手をついた、その時だった。
突然、背後から何者かに口を塞がれ、ロープで体をきつく拘束された。


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