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理解が追いつかなくてポカンとしてたら、頬杖をついたラーシュが俺の反応を楽しむようにニヤニヤ笑っていた。
――あ、もしかして今のは冗談か誇張だったのか?
真に受けてアホ丸出しの顔をした自分が恥ずかしい。それに気づいて目の周りが熱くなった。
どのみち俺には真偽は分からないし、コインの件は話半分に留めておいてパンの残りを口に放り込んだ。

「ま、俺は換金なんてもったいないことしないけどね。もうちょっとコレのこと調べてからこのままハウバに渡すよ。彼、珍しい物が好きだから」
「ああそう」

知らん顔でパンを飲み込む俺に、ラーシュはなおもニヤつきながらテーブルの下で足を絡めてきた。ウザい。
足で軽く押し退けたのに、俺が反応したせいで調子に乗って脛でふくらはぎを擦り合わせてくる。そのしつこさに、つい、小さく吹き出した。
こんなどうでもいいやりとりが――実はちょっと楽しくなってきてる。ラーシュとの距離が心身ともに近づいたからそう思うのかもしれない。

やがて戯れ合いに満足したらしいラーシュは、コインを再び箱にしまった。
そのあとテーブルに置かれた木のプレートの方をトンと指先でつついた。

「で、アルドのこれは」
「は?これ?……木だよな?普通に」
「普通に木だね。でも、こんな硬貨なんかよりもっと、値がつけらんないほどの代物だよ」
「木が?」
「それの中身が」

中身?
言われてる意味がよく分からなくて、疑いの目で彼を見た。
するとラーシュはプレートの上で指を動かし、複雑な文字を描いた。光の軌跡を描いた字は、ぽろぽろと崩れてプレートに吸い込まれていった。

「今のは?」
「伯爵が作った、伯爵自身を表す文字。書斎の扉の解錠にも使う字だよ」

解錠の言葉どおり、丸いプレートが、鷲の図柄を上にして箱の蓋のようにパカッと開いた。この木彫り板自体が魔道具の類だったらしい。
中に入っていたのは、厚みのある指輪だった。

指輪は、金と銀の合間のような上品な色合いの光沢があり、緻密な模様が彫られている。
内側に細かく字が入っているのが気になるものの、幅広で輪の大きいそれは親指用の指輪だとわかる。
矢を射るときに指を保護するために使うもののようだ。芸術品としての価値の方が高そうだが。

「さ、嵌めてみて」
「えぇ?俺がつけていいのかよ?」
「いいに決まってるじゃない。きみがもらった物なんだから」

お上品すぎて俺が着けるには似合わないんじゃ……というよりいかにも高価っぽくて怖い。さっきコインの話を聞いたせいで。
それに、俺の手はもう皮が厚くなってるから必要ない装身具だし。
それでもラーシュに促されてドキドキしつつ嵌めてみた。
ブカブカに思われた指輪は、嵌めた瞬間に俺の指にぴったりと合った。
思ったより派手じゃないし、むしろ生まれた時から自分のものだったみたいにしっくりとくる。

「うわ、やばい。すげーいいなコレ。気に入ったわ」
「ふふ、良かったね。――アルド覚えてる?伯爵が言ったこと。『相応しい者に授ける』って言葉」
「ん?庭園で言ってたやつ?」
「そう。神の怒りを受ける前、魔術の優れた使い手でもあり狩猟の名手だった伯爵は、恋しい鷲のために弓矢を折ったのね」
「ああ、そのへんの言い伝えは街の人から聞いた」
「なら話が早いね。だけどね、伯爵はその『射手の指輪』は残したんだよ」
「そりゃまあこんなの道具だし、武器とは違うからな」

防具どころかただの指輪として使ってもいいくらいだ。実際、あんまり実用的なデザインに見えない。

「それでね、書斎で読んだ本の記述によると」
「ん?」
「『射手の指輪』を嵌めて射ると、普通の矢でもなんでも魔力を帯びた射撃に変わるんだって」
「はあ!?」

俺はまた懲りずに間抜けなリアクションをしてしまった。
いや、だってしょうがないよな今のは!

「じゃ、じゃあ、つまりこれ着けてれば、わざわざマジックアローなんて用意しなくていいってことかよ!?」
「そゆこと」
「うーわー……」

そんな魔道具聞いたことがない。ていうかあったら便利すぎて怖いわ。実際ここにあるわけだけど。

「伯爵はね、アルドみたいな子に使ってほしいから託したんだと思うよ」
「俺みたいなって、なに、どういう意味?」
「うーん……なんて言えばいいのかな。その力を上手く扱える人間っていうか、まあ要するに伯爵に気に入られたってこと。たぶんね」

気に入られる要素が思いつかない。
伯爵との共通点は射手ってことくらいだけど。それと、来ない人を飽きるほど待っていたところか。

「城内は伯爵の目が行き届いてるからね、弓矢の腕を認められたんじゃない?礼拝堂で『月』を射抜いた時とかすごかったもん」
「そういやあの時、なんでお前の術であれが破れなかったんだよ?魔術のすげえ威力でなんとかなりそうなもんなのに」
「ん〜……俺の魔術は、お城ではちょっとした制限付きなのよ。『夜』を暗示するような物は直接壊すことができないの。伯爵の邪魔ができないっていうか」

ラーシュの謎めいた言葉に首を傾げた。
夜を壊すことがどうして『伯爵の邪魔』なんて言葉に繋がるんだ?そんなまるで、伯爵自身が夜を終わらせられたくない、みたいな。
どう捉えればいいのか悩んでいたら、彼は、木のプレートを指でパタンと閉じた。そしてそれを持ち上げると木彫りの鷲を俺に向けて左右に振った。

「この数年、いろいろ調べてみた俺の推測だけど――生前の伯爵と大鷲はね、当時すでに恋仲だったんじゃないかと思うんだ」
「はあっ?恋……!?」
「言い伝えでは大鷲は曙光とともに現れるなんて言われてるけど、実はそれ、日が昇る瞬間に『帰っていった』が正しいんじゃないのかな。つまりね、日暮れとともに城に来て、夜の間は伯爵のもとで羽を休めてたってこと」
「え、それじゃあ、夜が続く限り、鷲は――」
「そう、ずっと伯爵の傍にいる。朝が来ないから永久にね」

言われて腑に落ちた。庭園を去る間際に見た、伯爵のあの満ち足りた顔。
恋しい者と一緒にいられる『夜』は、未来永劫終わらなくていいってことなのか。たとえ呪われていても。
そうなると、妻のことを真に理解していなかった神が滑稽だ。痴情のもつれここに極まれりって感じがする。

「なんか……いいのか悪いのか、すげえ複雑だな……」
「いいことなんじゃない?だから俺、きみに会ったとき最初に言ったでしょ。『祝福の地にようこそ』って。ここは、伯爵と大鷲の楽園なんだよ」

ラーシュに木のプレートを手渡されて、急激に気が抜けた。
言い伝えはあくまでおとぎ話、事実とは異なってしかるべきだ――そう思ったら、笑いが漏れた。

伯爵は待たなくていいんだ。求めた存在はすでに傍にいるのだから。
祝福された土地、ロゲッタス。常闇伯爵と極光の大鷲は、永遠の幸福に浸っている。


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