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振り返って見たラーシュは、人の悪い笑みで口元を押さえていた。

「え〜?そんなこと言われても、人工建造物のお約束じゃない?そういうのって」
「そ、そうだけど!」
「アハハ素直。まあ何が起こっても大丈夫。そのための案内人ですから」

当然あるべきものの調査不足を指摘されて恥ずかしいやら悔しいやら。
そういうのはクレイグの野性の勘や鼻や耳の良さで回避してきたから、あんまり意識してなかったっていうのもあるが。
宥めるようにラーシュに肩をポンポン叩かれたが無視した。

「お、みんなの元気な声に惹かれてさっそく城の名物がお出迎えみたいよ」

しまった、馬鹿か俺は!あんな声出したら自ら居場所を知らせるようなもんじゃねえか!
クレイグが斧を、エレノアがレイピアを構える。
どこから来るのかと全方位を警戒していたら、ホールの床で六つの赤いものが妖しく光った。

「眼を開く者」

ラーシュの呪文が聞こえたと同時に、視界がクリアになった。真っ暗な城内なのに細部がくっきりと見える。ランプが眩しいくらいだ。

「暗視魔術ね。よく見えるでしょ?」
「あ、ああ……」

見えるようになったけど見たくなかった。床に敷かれたでかい熊の毛皮が、中身を膨らませながら起き上がるところなんて!
六つ目で黒い被毛の大熊!しかも腹の肉が腐り落ちて、内臓が、内臓がぼろぼろ溢れてる!
呆気に取られている間に、耳障りな咆哮を上げながら六つ目熊が襲いかかってきた。

「いっくぜぇぇえ!」

クレイグが先陣を切る。岩竜の斧は、熊の腕を豪快にぶった斬った。

「ウッヒョホ〜いい斬れ味だぜ!!」

クレイグの膂力では『斬る』というより『粉砕した』に近い。
しかし腕がなくなっても熊は止まらない。むしろ床に落ちた腕は、姿を変えて、なんかこう……でっかいブヨブヨの物体になった。
そのブヨブヨはクレイグに取りつこうとしたが、その前にエレノアが細身の剣で刺した。ブヨブヨに剣が貫通するが、まだ動いている。

「このっ……!」

エレノアが目に止まらぬ速さで何度も刺突する。あのスピードの斬撃は妖精族じゃないと出来ない芸当だ。
速さだけじゃない、一撃一撃が致命傷のはずだ。……普通の魔獣なら。
ブヨブヨは形を変えながら転がり、爪のような触手を何本も生えさせた。爪(触手?)で床をわさわさと移動し、エレノアにまた襲いかかろうとしている。

闇に棲む魔獣だということを考えると、やっぱり本体を叩かないとダメか?
本体である六つ目熊は今、クレイグと取っ組み合いをしている。

「アシナツチ・オクヒ」

ナズハが符を取り出して六つ目熊に術をかけた。植物の蔓で悪しき者を拘束する術だ。
前衛二人に任せっぱなしで俺ものんきに突っ立っているわけじゃない。ナズハの術で動きが鈍くなった熊の目を、矢で射抜いた。
しかし、あんまりダメージになってなさそうだった。

「ひとつじゃ足りねーか……!」

続けてその斜め下の目に。さらにもうひとつ。半分に減った目からドロドロと黒い体液が流れ出る。
目を潰されて、六つ目熊はますます咆哮を上げた。吠えるごとに腸やらなにやらがボトボトと落ちる。……怖い!

「おっしゃああ!!」

獣人の驚異的な跳躍力でもって飛んだクレイグが、魔獣めがけて斧を斜めに振り下ろした。
骨肉を砕かれ肩から裂けた熊がその場に崩れ落ちる。すると、熊はドロドロと溶けてなくなった。熊の腕から出来たブヨブヨも同時にだ。ついでに何とも言えない悪臭を撒き散らして。

魔獣が姿を消すと、場違いな拍手が聞こえた。
高みの見物を決め込んでいたらしいラーシュである。

「なんだ、きみたちやるじゃない!息ぴったり。たいていの冒険者は今のでやられちゃうのに」
「か、帰りたい……今すぐ……」
「あたしも……」

俺とエレノアは率直な感想を漏らしたが、クレイグはまだまだ準備運動とばかりに腕をぐるぐる回した。

「おうお前ら!先行くぞ!」
「クレイグ!」

ずんずん先に進んでいくクレイグを慌てて追いかける。ナズハも「置いてかないでくださいぃ〜」と俺のあとを懸命に追いかけてきた。

玄関ホールを左に曲がって先に行くと、開けた部屋に出た。
長い長いテーブルが中央に鎮座し、そこに金の皿や金のグラス、金のカトラリーが等間隔でずらりと並んでいる。
美しい食器の数々にエレノアが途端に目を輝かせた。

「なにここ、食堂?」
「みたいだな」

朽ち果てた城のはずが、ここだけ埃ひとつ落ちていない。金の花瓶に銀の花が飾られ、蝋燭には宝石の輝きを模した白い火が灯っている。暗視魔術のせいでちょっと眩しい。
かつての黄金城の名に相応しい絢爛豪華な光景に、クレイグが歓声を上げた。

「なんだよあんじゃねーかお宝!こんなにいっぱい!」
「待てクレイグ!うかつに触っ……」

……るよな。だと思った。
クレイグの爪が金の皿に触れた瞬間、蝋燭の火がテーブルの端から順番にボッ、ボッと青く変化していった。金の皿もグラスも黒く変色し、皿の上には何かの生き物の心臓が出現した。ピクピク動いていて気味が悪い。グラスからは血のような赤黒い液体が溢れ、テーブルが小刻みに揺れた。

「お、おい、ちょ、まずいんじゃ……」
「……××……××××……」

俺の独り言に、ヤバさをさらに増すような返答があった。金属同士を擦り合わせるような音だ。
気がつけば、柱の陰から人影が現れていた。

「××××……×××……」

人影は焼け焦げたように黒く、服を着ていない。男か女かも分からない。かわりに頭、両目、口、肩……とにかく全身、上から下まで何十本ものナイフやフォークが深く突き刺さっていた。

「××××××××!!」

ギャリギャリという金属音のあと、それをかき消すような何百ものベルの音が食堂に響いた。
鼓膜を不快に震わせる大音量に顔をしかめたとき、玄関ホールへの道に鉄格子がドォンと降りた。退路を塞がれたことに舌打ちする。

するとさらに悪いことに、似たようないでたちのお仲間がわらわらと柱の陰から湧き出てきた。
ブレッドナイフ、カービングフォーク、骨削ぎナイフ、焼き串、ティースプーン……ありとあらゆる食事用金属が、その体にあますことなく突き刺さっている。
ダラダラとよだれを垂らしながら、やつらは不恰好な歩き方で俺らに迫ってきた。
さすがのクレイグもその異様さに腰が引けたのか、尻尾を倍に膨らませている。

「ア、アルド、どうするよ?」
「どうもこうもあんな数、相手にしてらんねえよ」

食器人間に囲まれてじりじりと追い詰められる。そんな中エレノアが翅を広げて舞い上がり、天井近くから食堂を見回した。

「奥のほうに通用口があるわ!そこから出られそうよ!」

食堂の奥を指差したエレノアの提案をラーシュに目で問いかけると、彼はたいして緊張もしていないような顔でひらりと手を振った。

「お好きにどうぞ。俺はどこでもついていくから」
「ナズハ、ついてこれるか?」
「が、頑張ります」

一番体力に不安があるナズハを俺の前につかせる。
そうして、先んじて食器人間の群れに突っ込んでいったクレイグのあとを追った。


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