帰還





エリオットが意識を取り戻したのは、馬車の中だった。

指一本動かせず目も開けられないが、人の気配と話し声だけが感じられた。
ガタガタと馬車が揺れる。座席を占領して寝かされているようだった。
ざわざわと人々の声がいくつも降りかかってきた。

グランの声がした。彼がローブのポケットに何かを入れる。
かなり近くからメグのか細い声が聞こえる。
ヴィクトルとユージーンの落ち着いた声。
ローザロッテの歯切れのいい言葉。
ロスバルトの低く固い喋り方に安心する。
ベリアーノの声と共に、額に触れる無骨な手の感触がした。
そして、ジンイェン――。

ジンイェンのしっかりとした背中に背負われ、エリオットは馬車を降りた。
馬車の音が次第に遠ざかり、ゆっくりと歩く振動が心地良い。
この時間が永遠に続けばいいのにと思ったが、すぐに体温が遠ざかる。

柔らかいソファに寝かされたようだ。
たった半日離れていただけの我が家の匂いが夢のように思えて胸がいっぱいになった。



――エリオット

かすれた声で囁かれる。
ハッと目を覚ますと、エリオットは温かい湯の中にいた。
目の前にはジンイェンがいて、湯に沈まないよう背中に手を回されている。エリオット、とジンイェンの薄い唇が動いた。

「……な……な、に……」

目の前の光景と自分の意識が追いつかず、エリオットは体を捩った。ばしゃ、ばしゃ、と湯が跳ねる。
ジンイェンの力強い手に体を支えられ、落ち着かされた。

「暴れないで」

そう言うジンイェンは、雫を滴らせながら無駄なく筋肉のついた裸体を惜しげもなく晒していた。夕陽色の髪が色を濃くしボリュームをなくしている。
エリオットも同様に一糸纏わぬ姿で、二人で浴槽の湯に浸かっているのだとようやくのことで理解する。

見慣れた浴室を見渡して、自宅の風呂なのだと察した。浴槽に湯を張ることなどめったにしないが、ぬるい湯は緊張した体を解きほぐしてくれるようだった。

浴槽の底は地下で付着した土と砂が溜まっていてジャリジャリとしている。
ジンイェンの骨ばった手がエリオットの薄い栗色の髪を梳き、そうして髪の隙間に溜まった土を丁寧に取り除いた。
湯はほどなく真っ黒になった。一度浴槽の湯を抜いて、また新しい湯を足す。

ジンイェンは慈しむようにエリオットの体を洗った。石鹸の良い匂いと泡が気持ち良くて、エリオットもされるがままになる。

そしてすっかり汚れが落ちると、ジンイェンがエリオットの肩に額を乗せた。

「……エリオット……ごめん……」
「……?」
「俺のせいで……」

エリオットはそこで、気を失う前にジンイェンに激しく口付けられたことを思い出した。
浴室の蒸気のせいではない熱が頬に集まる。

「いや……きみのせいじゃ」
「アンタが急に気失ったから、俺すげー焦った……」
「……そう、か」
「エリオット――」

優しく、壊れ物でも扱うようにジンイェンに抱きしめられると裸の胸から彼の鼓動が伝わってきた。
男同士で素肌を触れ合わせたにも関わらず、違和感などは全く感じない。むしろこのまま彼の体温を直に感じていたいと思った。




prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -