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合コンで初めて会った喜之。愛想のあの字もないけど綺麗な顔立ちをしている男。この世のどんな人間にも興味がなさそうで冷たい印象しかないのに、惹かれてやまなかった。
あの場にいた女の子の誰より喜之と離れるほうがイヤだと思った。だから断られるの覚悟で喜之のアドレスを聞いた。

そのあと喜之に対して恋愛感情を抱くのはそうかからなかった。俺は単純で、男同士だけど好きになったもんはしょうがないだろって思って簡単にそっち側に転んだ。
半年経つ頃にはもう喜之のことが好きでたまらなくてダメ元で告白した。俺の想いを受け入れてくれた喜之には感謝しかない。

レスポンスのない恋はどこか楽だった。受け入れてくれてる、それが愛情だと思えた。だからそれをダイレクトに返されたらどうしていいのかわからない。
一方的に好きでいることに慣れすぎて、いざ相手から愛情を与えられると頭も体も途端にフリーズしてしまう。

喜之が何を思ってああいうことをするのかが分からない。俺にいよいよ嫌気が差して、出て行ってほしくてわざとやってるんじゃないかと捻くれた考えが湧き上がるほどだ。
だからここ数日は家で食事もしてなかった。あいつと食卓を囲むことすら怖い。

「守……」

控えめなノックのあとドアが開いた。
くそ、どうして鍵のないマンションを選んじゃったんだろう。頭隠して尻隠さず状態の間抜けな姿をばっちり見られたじゃないか。

「……うん」
「疲れてる?大丈夫?」
「だいじょうぶ……です」

喜之が俺の頭の上の枕をぽんぽんと叩く。そして手の甲にキスを落としてきた。
こういうスキンシップを望んでたはずだった。なのにどうして嬉しくないのかな。どうして怖いんだ。
ふう、という溜め息の音が聞こえる。

「……おやすみ、守。また明日」
「まっ……!」

慌てて起き上がると喜之は部屋を出て行こうとする足を止めて振り返った。喜之の整った綺麗な顔と猫背気味の痩身が視界に映りこむ。
そういえばまともに顔を見たのって、久しぶりかもしれない。

「どうした?」
「あっ、あの……ごめん!!」
「は?」

喜之の顔が歪む。これは知ってる、謝られることに心当たりがないって顔だ。よく知ってる表情を見て一気に安心した。

「俺、わ、分かってるから!すぐには無理だけど、あと二週間……じゃなくて、一週間もらえれば出て行けるから!」
「……は?」
「あ、その……できれば十日くらいはほしいかも。目当ての物件はあるんだけど、まだクリーニング中だって言われて、荷造りも進んでねーし……」
「…………」

だんだん、喜之の表情が怖いものに変化していく。こんな顔は初めてだ。でも、ものすごく怒ってるってのは手に取るように分かる。
やばい。なんか間違ってたかな。

「……出て行くって、なにそれ」
「あ、や、だって喜之、他に好きな人とか、こっ、恋人?出来たんだろ?」
「はぁ?」

喜之のこめかみに青筋が見えたような気がした。七年間、こんなに激怒する場面なんか見たことがない。それくらいお怒りモードだ。

「お前、何言ってんの。そういう結論に達した過程を説明しろ」
「か、過程……?」
「可及的速やかに」
「はいすいません!……だ、だって喜之、最近ずっと変だし」
「それで?」
「……浮気でもしてるのかと」

特定の恋人がいながら他にいい人が出来たとたんに妙に優しくなるってのは何度か聞いたことがある。男女両方の友人から。
浮気以前に、俺と喜之が恋人かどうかもちょっと怪しいけど。いや、俺のほうは付き合ってると思ってたよ。喜之がどう思ってたかは知らないってだけで。

俺の言葉を聞いた喜之は、俺の寝そべっているベッドに戻ってきた。
そして俺は彼に胸倉を掴まれて強制的に起き上がらされた。

「なにそれ」
「ち、違うんならいいんだけど……いや、よくねえけど、だから、あの」

俺たちそろそろ距離、置いてみる?と言おうとした口を塞がれた。唇で唇を。
かぶりつくようなキスに、本当に息が詰まった。ついでに舌まで挿入されて苦しくてしょうがない。

「う……はっ……ょ、しゆ……き」
「誰が、浮気してるって?」
「お、俺のほうが浮気だったってオチ……?」
「そんなわけないだろ!」

大声で怒鳴られてビクッと肩が震えた。
俺はよっぽど情けない顔をしてたみたいで、胸倉を掴んだ手を緩めた喜之が怒鳴ったことをすぐに謝ってきた。

「……違うから。悪い、そうじゃなくて、ちゃんと説明しておくべきだった」
「説明……?」
「俺、今から死ぬほど恥ずかしいこと言うから、絶対クチ挟むなよ。守」


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