チェンジで!その後1


第一印象は、顔色が悪いヤツ、だった。

青白い肌に愛想の欠片もない表情。隅のほうで黙々とビールを飲んでいたその男に、どうしてか俺の意識が全部奪われて、張り付いて離れなかった。

高校で同じ部活だった友達に呼ばれた合コン。そいつとは卒業して進路が別れてもしょっちゅう遊んでたし、他の友達も誘ってあるって言われて賑やかし目的で参加した。
あわよくば女の子と仲良く出来たらいいなあっていう下心ももちろんあった。
いざ参加してみたら、友達のほかに同じ高校だったひとつ上の先輩と知らないメンツがふたり。どっちも俺と同い年で、友達と同じ大学なんだと説明された。
そのうちのひとりは講義がいくつか被ってるってだけの、それほど仲良くもないヤツらしかった。

それが――下条喜之だった。





極力物音を立てないように玄関のドアを開ける。家の中はしんとしていて薄暗い。
もう夜の十時を回っていた。
つま先立ちの忍び足で、喜之が普段仕事場兼寝室にしている六畳部屋の前を通過した。
静かに静かに歩いてリビングに辿り着き、ホッと肩の力を抜いたその瞬間、喜之の仕事場のドアが開いた。続いてぱちりとリビングの明かりもつく。

「おかえり、守」
「たっ!……だいま……」

おそるおそる背後に視線を向けると、笑顔の喜之が立っていた。
失敗した。このまま自分の部屋に篭るつもりだったのに。喜之に、捕まらないうちに。
喜之は通勤カバンを俺の手からひったくってソファに放ると、腰に手を回してきた。そして軽くキス。

もう一ヶ月。一ヶ月だ。喜之が『いってらっしゃいのキス』と『おかえりのキス』をし始めてから。
いや、喜之の性格がおかしくなってからって言ったほうが正しい。

ある朝突然、別人のようになった喜之。俺の大好きな人。きっと一晩寝れば元に戻る、そう思ってた。それなら変な夢でも見てたんだなって自分を落ち着けることができた。
でも次の日、若干の二日酔いを抱えながら起きても喜之は変なままだった。その次の日も、その次もずっと。

長いこと一緒に暮らしてきた間に知った癖や好き嫌いだとかを見るにつけそういうものは喜之そのもので、やっぱり本人でしかなかった。
別れ話をしようとしてたことすら頭からすっぽ抜けるくらいこの一ヶ月の生活は奇妙で、そして戸惑いしかなかった。

「あの……喜之」
「なに?」
「お、俺、風呂に入りたいんで、その……放してください」

喜之が笑顔のまま俺のネクタイに手をかける。結び目に指を差し入れて、するすると解いた。
そのままシャツのボタンをひとつ、ふたつと外して首筋に唇を埋めてくる。くすぐったさと唇の温かさで腕に鳥肌が立った。
三日前のことを一気に思い出す。同じ状況で、あの時はそのままリビングの床で――。

「うわああっ!」
「守?」

怪訝そうに眉を寄せた喜之を引き剥がして自室に逃げ込む。ベッドに倒れこんで枕を頭の上に乗せ、うつ伏せのままうずくまった。
頭からつま先まで熱い。明るいところで鏡でも見たら今の俺はきっと茹でダコ状態だろう。

キスとか、ああいうことするのはいつだって俺のほうで、喜之が嫌がらない限りは好きにやらせてもらってた。
まあ付き合い始めの頃は眉間に皺を刻んだりしてたけど、今まではっきり嫌がられたことはない。……たぶん。
なのに俺は思いっきり突き飛ばした。全身で拒否。

心臓がドキドキしてズキズキ痛い。だって慣れてないんだ、あんな、喜之。


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