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だけどやっぱり喜之かっこいいとか場違いなことを考えてたら、アホな俺とは対照的に真面目な雰囲気を醸しつつ彼が口を開いた。

「――ひとつ聞かせてほしいんだけど」
「う、うん?」
「守にとって、俺は何?」

いきなりの質問に面食らった。
なんだか話が難しい。喜之が何を言いたいのかわからないって意味で。

「何ってそりゃ……か、彼氏……?」
「疑問形なんだ」

即つっこまれて返答に詰まった。恋人だと思ってる、けど、いまだにいまいち自信が持てない。
その迷いがあからさまに出てしまって、しかもそれを当人に見透かされて言葉を失った。

「俺は守のことをパートナーだと思ってるし、お前に必要としてもらいたいと思ってる」
「な、なん……」
「前の状態のままだと良くなかった、というかどう考えてもお前に任せきりだった俺が悪かった。だから、生活の面でも一方的に背負わせるだけじゃなくて分担したいんだよ。それがパートナーと暮らしていくということだと思う」

違う?と聞かれてなんとも答えられず、うつむいた。
任せられている――それが俺の幸せだった、とは言えない。
喜之は俺がいないと生活がままならないっていう、彼の言い分とは別の意味で俺は必要とされたかった。
俺から喜之が離れていかないように、自分の存在意義をそこに置いていた。
つまり俺は心の奥底で恐れてたんだ。喜之が生活能力を身につけていくことを。

「飯を作るのだってそのひとつだよ。守ほど上手くないし、まあ今日みたいな失敗も多いけど、なんていうか……お前のためにっていう目的と達成感があるから頑張れるっていうのかな」
「喜之……」
「それが怒鳴るほど迷惑だと思わなかったから、俺――」
「ち、違うって!」

良くない方向に話が行きそうな予感がして、遮って慌てて否定した。

「や、その……俺もごめん。全然迷惑とかじゃねーんだよ、ほんと。喜之が火傷してるの見てびっくりしたっていうか」
「びっくりしたら怒鳴るの?お前は」
「ごめんほんっとごめん!違うからマジで!喜之のこと大事だからこそ熱くなっちゃっただけ!」

大事、の部分を強調しつつ喜之の腕を掴んでテンパり気味に言い募る。

「ていうかさっきからさ、お前が謝ることなんて何もないじゃん。家のこと分担してくれんのも嬉しいし、迷惑とか俺これっぽっちも思ってない」
「…………」
「それにさ……あの、取り柄とか言ってたけど、お前が小説書けなくなったってそんなの関係なく喜之のこと大好きだし、必要だと思ってるから!」

励ますようにつとめて明るく、けれど嘘偽りない本音をぶつける。
応援してたのはたしかだけど、たとえ喜之が書けなくなったとしてもがっかりしない。そんなことで俺の愛は揺るがないからな!
すると喜之は表情を和らげて、潰れた缶をテーブルにそっと置いた。

「守の口から『好き』って聞いたの、久しぶりだ」
「え?そ、そうだっけ?」
「ああ。――いや、色々と情けないこと言ったけど、お前に打ち明けたら気が楽になった。だからそんな顔しなくて大丈夫だよ」

喜之の手が俺の頬を撫でる。キーボードの打ちすぎで指紋消えちゃったのってくらい滑らかで固い指も、温かい掌も気持ちいい。
俺は一体どんな顔をしてたんだろう。たぶん必死の形相だったと思うけど。あとちょっと泣きそうになってたかも。
それにしても、喜之がこんなにも俺との関係を真剣に考えてくれてたなんて考えもしなかった。ねえこれ俺すごい愛されてる?

『俺が彼を支えないと』とかいう歪んだ自己満足が薄れていく。
そうだよな、協力しあっていけばいいんだ。パートナーなんだから。

すっかり浄化されて、あ〜めっちゃ好き〜という脳内喜之一色の状態で掌にすり寄る。
ところが無情にも手を引っ込めてられてしまった。
やっべ、よだれでも垂れてたかな。

「……そういえば、守が聞いてきたのって初めてだな」

口元をぬぐってたら喜之がまたよくわからないことを言い出した。

「なんのこと?」
「俺が作家になりたいと思ったきっかけとか」
「あーそれ。小説書いてる喜之がデフォだったし、そういうもんかと思ってあんま気にしてなかったから。てか、聞いても教えてくれないかなぁって意識はちょっとあったかも」

喜之はそういう性格だと思ってたし、その多くを語らないところがミステリアスでかっこよかったから特に詮索しなかっただけだ。

「そうだな、前の俺だったら言わなかったかもしれない。俺は自分のこととなると、話す必要がないと考えることが多いからね」
「そ、そっか」
「でもこれからはどんな些細なことでも話すから、疑問に思ったことは遠慮なく訊いてほしい」

俺の手の甲に掌を重ねながら、「守みたいに自発的にもっとたくさん話せればいいんだけど」と俺を見つめる喜之。
重なった手にキュンとしつつもこれは質問タイムの流れだと察して、内心ずっと引っかかってたことをためしに口に出してみた。

「えーとじゃあ、気になってたことさっそく聞いていい?」
「どうぞ」
「あのさ……なんで合コン来たの?あ、俺と出会ったときのあの合コンのことだけど」

聞いた瞬間、喜之は顔をそらしてブハッと吹き出した。そのまま小刻みに笑いだす。
おお、喜之が珍しくウケてる……って失礼な。そんなに笑うことないじゃん!

「そこから?そんなこと何年気にしてたんだよ、お前」
「だ、だって喜之、飲み会好きって感じじゃないし彼女作りに来たわけでもないのに、大学のヤツに誘われたからーってどう考えても変じゃん。誘った人もたいして仲良くなかったんだろ?実は脅されて参加したとか?」

肩を震わせてまだ笑ってる喜之に釈然としないものを感じる。俺的にずっと謎だった喜之七不思議なのに。
しばらく笑ってた喜之だったが、俺の脅し参加説を軽やかに否定した。

「ただの好奇心だよ。話作りの引き出しを増やすためってところ」
「つまり、小説のネタ用に?」
「ああ。合コンのあの雰囲気は学生の時分じゃないと味わえないからね。そういうのも経験しておきたかったんだよ」
「あ、そうでしたか……」

曰く、どれだけ調べ物をしていくら本を読んだところで、ただ頭の中でこねくり回してるだけだとどうしても限界が来る。
だから、リアリティを出すためにどんなことでも体験しておきたかったんだとか。
その理由がさすが喜之らしいというかなんというか。

「でもまさかそこで、男からアドレス聞かれるとは思わなかったけどね」
「う、運命の出会い?」
「かもな」

懐かしむように喜之の目が細められる。
冗談交じりで言った台詞だから、そんな風に頷かれたことに驚いた。鼻で笑い飛ばされると思ったのに。

「行って良かったよ。おかげで守に会えた」
「お、俺も……」

――あ、なんか喜之の雰囲気が甘い。
肩に彼の手が滑る。優しく撫でられてまたもや脳内が蕩けていく。今なら正直になんでも言っちゃいそうだ。

「他には?」
「あの……なんで俺に小説の批評を頼んだのかな、とか……。俺なんて全然小説に詳しくないし、そもそも本だってろくに読まないのに」

その習慣がこんなに長く――受賞作の一歩前まで続くとは思わなかった。
一瞬なんとも言えない顔をした喜之だったが、目をそらしてぼそぼそと言った。

「……自信がなかったから」
「んん?」

いま、喜之の口からおかしな言葉が聞こえたような。自信がない?いやいやまさか喜之に限ってそんな。
呆気にとられる俺を置き去りに、独り言のように喜之は続けた。

「小説という体裁を整えて、一応納得できる形で書き上げたのが守に最初に渡したあれだけど……その、自分の力量が他人から見てどの程度なのか、自信がなくてね。でも誰かに読んでほしいとはずっと思ってた」
「それで、それがなんで俺?」
「守だったら褒めてくれると思ったんだよ」

俺は最初から一目惚れで、喜之の言うことをなんでもポジティブに受け取っては好きアピールをしてた。
一方でそれは喜之にとって、親からの抑圧のなかで人間関係を最低限にしてきた半生において初めての経験だったらしい。

「どんなことでも肯定してくれそうなお前に甘えようとしたってとこ」
「でも俺、つまんないって言ったような……」
「そうだね」

うわ最悪!そんな期待されてたんならあのとき褒めとけばよかった!
謝ろうとするその前に、喜之はまた小刻みに笑いだした。

「思惑が外れてショックは受けたけど、それ以上にいい気分だったよ」
「な、なんで?」
「自分の甘えた考えをバッサリ切られたからかな。それに、守の言葉には嘘がないってわかったから」

あのとき無理やりにでも褒められていたら、見え透いたお世辞に失望してその後の付き合いすら続けられなかったかもしれない――と喜之が怖いことを言う。
俺が最初に読んだ作品は喜之が高校生のときに書き上げた自信作で、それをつまらないと言われたことで逆にやる気が湧いてきたそうだ。

「自分でも不思議だけど、守の批評だったら素直に聞くことができたんだよ」
「だから俺にいくつも読ませてきたの?」
「ああ。それに、自分の書いたものについて人と話せるのが嬉しくて」

ずっと内に秘めてきたものに対する解放感。そしてそれをあるがままに受け止めてくれた存在――つまり俺。
それらもやっぱり喜之にとって初めてのことだった。
しかもコミュニケーションが下手な自覚はあったから、根気よく付き合ってくれたことも嬉しかった、とも言った。


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