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ツンデレ占い師から授けられたマジックアイテムは一生外せない装備じゃなかった。普通に外せた。
裏返してみたり硝子玉を指でつついてみたりしたけど、特に反応はない。
情報化社会育ちの俺としては、ペンダントを通してベルッティと意思疎通ができるスマホ状のものを期待したが、翻訳以上の機能はないようだった。

そのうちに無愛想な兵士が来て部屋に食事を置いていった。軽食って感じのメニューだ。どうやら昼食の時間らしい。
今まで昼飯なんてなかったのにここにきて急に待遇が良くなりましたよね。
この部屋には時計ってものがないから、窓から見える空の明暗でなんとなく時間を計るしかない。早いところ暗くなってほしかった。

さて、夜まで暇――っていうわけでもない。
部屋の中には本棚があって書物やなんかが置いてある。全然読めないけど。
この国の字は魔王国の字に似ているようで違うから読み解くのは今の俺には難しい。

けれど今の俺は本よりも、額縁に入って壁に飾られている大陸図を穴が開くほど見ていた。大陸全土図じゃなくて、どっかの地方を拡大した地図だ。
さっきの取引会議で少しだけ周りの情報が入ったから、せめて今置かれてる状況を知りたかった。
知ったのは、ローデクルス、ブラムマールという名称。
兵士がローデクルス様って誠二のことを呼んでいたから、これは人名、あるいは家名。
もう一個のブラムマールだけど、女王様の口ぶりからして国名か地名なんじゃないかと思ってる。

地図には太陽を模したようなひときわ目立つ印がふたつある。たぶんこれのどっちかが俺が今いるこの場所なんだろう。
印のひとつはこの場所で、もうひとつのほうは首都、あるいは主要都市とみて間違いない。
丸々オッサンが「この辺境の地に……」って言ってたから、ここは都市部じゃない地区?だったら国境間近の印のほうがここか。

するとキングオッサンも、本当の意味のキングじゃなくてこのあたりを仕切ってる貴族とか軍人とか、そういう身分だと思われる。
または地方に飛ばされた王族の縁戚って線も考えられなくもないか。ここが王制かどうかもわからないが。
女王様たちが俺の問い合わせも含めて七日でここに来たってことは、魔王国とはそんなに離れてないのかも。
あの開かずの間のトラップは隣国の国境付近に放り出す仕掛けだった、とか?

うぅん、考えれば考えるほど「かもしれない」ばっかりになっちゃうなあ。
俺は地図を読み解くのを一旦諦めて、ソファーに横になった。
ああでもないこうでもないと頭を悩ませていると気分が鬱になってくる。

「…………」

黙って寝そべっていると余計なことまで考えてしまう。
――よしやめよう、こういうときは筋トレだ!
ソファーから起き上がってストレッチや腹筋、腕立て伏せの他、サンドラ直伝の部屋でもできる体力作りで軽く体を動かす。
腿ベルトがちょっと邪魔だけどまあまあ出来るな。
そうやって筋トレに没頭してるうちに、だんだんと空が暗くなっていった。

ひとしきり筋トレメニューをこなしたあと、幾分かすっきりした気持ちでまたソファーに沈んだ。
女王様たちは帰っちゃったのかな。あの様子からしてここに一晩泊まる、なんてことはないだろうから、とっくに発ってるんだろう。
グリフォンかペガサスに乗って。魔王国の公式移動手段はもっぱらこれだ。
飛行機と違って平衡に飛ばないしむちゃくちゃ揺れるから怖いし酔うしで、俺は騎乗をほとんど練習できなかった。もっと真面目にやっとけばよかったなあ……。
魔王国でのことを思い出してしんみりしていたそのとき、ドアがノックされた。

「誠二!?」

夕食か水桶を持った誠二がやってきたのかと思ってガバッと起き上がった。腿ベルトの鎖に引っかかりながらもドアへと急ぐ。
しかしそこにいたのは、昼にも来た無愛想な兵士だった。出迎えた俺を見てものすごく嫌そうな顔をする兵士。なんだこいつキモい、みたいな顔ね。

「あーえっと、誠二……あの、ローデクルス様は?」

通じないとわかっていて日本語で話しかける。ところが『ローデクルス』の部分を聞き取ったのか、意外にも答えてくれた。

「彼は忙しい。まだ来られない」
「あ、そ、そうですか」
「食事後、食器はそのままに」

翻訳首飾りのおかげで兵士が喋っている内容がわかる。でも俺が話す言葉は相手に自動翻訳されないようだ。
日本語と他国語で会話をするという妙な事態になっているが、ボディランゲージでの意思疎通には自信がある。そう、魔王国で培ったスキルだ!
しかし無愛想は無愛想らしくそれ以上の会話を拒んだ兵士は、部屋の燭台に手早く火をつけたあと、空になった昼飯の食器を持ってさっさと出て行った。
ガチン、と外から施錠の音が聞こえる。

「……あーもう!なんだよもー!!」

鬱憤を晴らすために叫んでみたところで、誰も様子を見に来たりしない。
それでも腹は空いてるので夕食をガツガツとかきこむ。
腹が膨れたら本当に何もかもやる気が削がれて、ベッドに寝転んで目を閉じた。

どれくらい経っただろうか。
目を閉じてるうちに俺は本当に寝ちゃったらしい。かすかな物音でぼんやりと意識が浮上した。
ところが疲れからか、頭は起きても体が起き上がろうとしてくれなかった。
横向きのまま必死に薄目を開けてみたら部屋の燭台の灯が消されて真っ暗になった。
鉄格子の窓にはカーテンがないから、外の明かりに照らされる。ベッドのシーツが雪みたいに白く光って見えた。

横向きに寝そべっている俺の背後に人の気配がした。またあの無愛想な兵士か、それとも別の人間か――誠二か。
ベッドが大きくたわむ。それでも動くのが億劫で、俺はもう一度目を閉じた。
背中から温かいものに包まれる。筋肉のついたしっかりした腕が、俺の体を抱き締めた。
うなじに鼻先が擦りつけられ、そのあと小さな溜め息が首筋をくすぐった。

「……よかった」

誠二の声が、そう囁いた。俺を背後から強く抱き締めながら。
カッとして一瞬で目が覚めた。誠二の拘束を跳ね除けて起き上がると、びっくりしたような顔が目に入った。

「何がよかっただよ!!」
「彰浩、お前起きて――」
「よくねえよ!マジでなんなんだお前!ふざけんなよ!俺が聞いても何も答えないし、捕虜とか人質とか、そんな……っ!」

あんなに世話になったくせに、魔王様やヴァレッタ様たちに迷惑かけて、国を不利に導いて、俺は疫病神かよ!
おまけに行方不明だったはずの親友と奇跡の再会をしたと思ったら当人は冷たいし、周りだけが訳知り顔であれよあれよと勝手に状況を動かしていく。こんなの何も良くねえよ!
なんかもう色々と限界値を超えちゃって支離滅裂でめちゃくちゃな言葉をぶつけたら、誠二が両手を挙げて慌てて俺を宥めはじめた。

「待って、落ち着け、彰浩」
「落ち着けるかよこんなの!俺はなぁ!」
「わかった、ちゃんと聞くから。とりあえずそれの鍵、外していいか?」

それ、と指したのは腿ベルトだった。誠二の腰ベルトに真鍮製の小さい鍵が括りつけてあって、それを取った誠二は俺の目の前にぶら下げて見せた。
この不自由さから逃れられると思うとちょっとクールダウンしたから、渋々頷いた。

「ごめんな、痛くないか?」
「痛いってか、きつい……」
「うん、だよな。ほんと、ごめん」

誠二の喋り方が砕けている。年相応というか、まるで同じ学校に通ってた頃みたいな懐かしい気安さだった。
そのことに不覚にも涙腺が緩んだ。泣かないけど。こんなことで絶対泣きたくないけど、目の前が潤んだ。


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