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オレの両親は年の差婚ってやつで、年齢的にだいぶ上の父さんは、母さんにもオレにも激甘だ。
特にオレは生まれたときから病気がちでずいぶん心配させたらしい。母さんが看護師だから、勤めている病院には相当世話になった。
入学したばかりの小学校も休んだり早退したりを繰り返してて、幸い勉強の深刻な遅れはなかったけど、そのぶん字の書き方は大雑把だった。
両親、特に父さんは「永がのびのびと勉強や遊びが出来ているならそれで何より、鉛筆の持ち方くらい些細なこと」って意見でいて、雑な字を直すことなく育った。

低学年くらいまでそんな感じだったが、成長するに従って、高学年になる頃には周りのヤツと見劣りしないくらいには健康になっていた。
そんなわけで、イトコである兄ちゃんがひ弱なオレをみかねて、体力と筋力をつける目的でダンスの基礎を教えてくれた。
兄ちゃんは今でこそ実家のレストランの手伝いをしてるが、一時期は本気でダンサーを目指してたって話だ。
おばさんが言うには昔はかなりどうしようもない放蕩息子だったらしい。
だからもう四十近いくせにチャラ系の遊び人風で、そんな兄ちゃんに引っ付いて育ったせいでオレもそっちの影響を受けまくった。

兄ちゃんのダンスのおかげで体を動かすことが楽しくなってきたから、さらに持久力向上のために中学では陸上部に入った。
その陸上部では――苦い思い出だらけだけど。





『もうおれに近寄るなって、何度言えばわかるんだよ!』
『あきら君……ッ!どうしてそんなこと言うの!ひどいよ!私たち付き合ってるのに!!』
『だから、違うってば!そんな話、したこともないだろ!』
『彼氏なんだから言わなくてもわかるでしょ!?』

連絡を受けてオレが駆けつけたとき、ヒステリックな女の叫び声が耳をつんざいた。
怒りで震える彼女の手には刃物が飛び出たカッター。彼女はそれを相手に向けず、自分の手首に押し当てた。
裏返った声で喚く。私を失って後悔すればいい、と。

陸上部をやめる発端となったストーカー事件。同じ部の女子が、ある一人の男子に付きまとっていた。その男子の名前は、由井晶良。
彼女の自傷行為はオレと由井でギリギリ食い止めたけれど、この件は関係者全員に傷を残す後味悪い結末を迎えた。
なのに皮肉にもそれがきっかけで、由井とは仲を深めることになった。

由井は、何故かやたらと精神が歪んでいる人間に好かれる。男女問わず。
ちょっと可愛い系の容姿が災いしてるのかと思ったけど、それだけでもないみたいだ。
本人は年相応の男で口も悪い。そうやって普通にしているつもりでも、優しいだの言うこと聞いてくれそうだのと他人からは勝手な幻想を抱かれる。
外見だとか態度だとか色々と対策を練ってみても一向になくならない。
おまけに「こんなことを言っても自意識過剰だと思われて、誰にも信じてもらえないんじゃないか」――そうやってずっと悩んでたんだと、疲弊した表情で由井は弱音を漏らした。

最初は同情か憐れみだったと思う。だけど仲良くなるにつれて、友達として困っている由井に手を貸したいと思うようになった。
不思議なことに、オレみたいな派手めのチャラい系の男がそばにいると、由井を狙うヤツは近寄ってこないみたいだった。たぶん、抵抗しそうにない気弱な人間を狙ってるのに正反対のオレがいると都合が悪いってことなんだろう。
そんなわけで、そのあたりの事情もよく知っているオレが、厄介払いの役を担うことにした。

オレと由井の間で交わした約束事がいくつかある。そのうちのひとつは『干渉し合わない』というもの。
由井の厄介な体質からして、ベタついた関係を築いたら今度はこっちが依存して共倒れになってしまう。中学時代は半ばそうなりかけてた。
だから高校進学する前に話し合って決めておいた。一定の線引きをしておいて、それぞれ違うコミュニティに属そう、と。

なのに偶然にも同じクラスになったんだから笑うしかない。
オレらの関係の特殊性を考えるとどうしても他人のフリってのは無理があるから、少し仲のいいクラスメイトぐらいの距離感でやっていくことにした。
ただし困ったことが起こったら真っ先に報告しろと、由井にはしっかり言い含めておいた。
オレのほうも、由井の周りにおかしな空気を感じ取ったらすぐさま対処するつもりだった。


――入学式の数日後に行われた新入生歓迎会。
校長の祝辞や部活紹介だのといった退屈なオリエンテーションが終わり、体育館から教室に戻る途中のことだった。
廊下の真ん中で、隣を歩いていた由井がぴたりと足を止めた。

「由井?」

声を掛けてみても動かない。本当に一時停止でもしたみたいにカッチリ硬直してる。
その視線を追うと、壁に書道作品が並んでいた。どうも去年の文化祭展示で書道部が書いたものらしく、何枚か掲げられている。
由井が食い入るように見つめているのはひとつの作品だった。字なのかどうかもわからないような黒い線がうねうねとのたくってる白い紙。

「由井、どうかした?」
「――入る」
「は?」
「おれ、書道部入る」

もう一度「は?」と聞き返した。
由井は書道教室で、有名な先生だか師匠だかに師事して本格的に書道に取り組んでいる。
入学前に高校の書道部に入るかどうか聞いたら「学校の部活なんてレベル低そうだし入りたくない」って答えていた。
さっきのオリエンテーションでも、部員が作品を二、三枚見せて活動内容説明で終わりという、印象に全く残らない陰気くさい部だった。
由井もチラッと見たあとにつまらなそうにあくびをして半分寝てた。それが、いきなり心変わり?

「入らねーって言ってなかった?」
「前言撤回。絶対入る」

由井がやたらとマジな顔できっぱり宣言する。
よくわかんないけど何か新しい目標でもできたんだろ、とオレはそんな風に軽く考えていた。
作品には生徒の名前が書かれてたけど、見た次の瞬間には忘れていた。


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