1(寒河江side)


オレの彼氏は和み系だ。

「おっ、偉いぞ寒河江くん、一番乗り!」
「はぁ……」

部室のドアを開けてそう言ったのは、楠センパイ。書道部の元・部長。そしてオレの恋人。
センパイはオレを見るなり表情を崩した。見ていて恥ずかしくなるくらい、もう、オレのこと大好きなんだなって丸分かりの笑顔だ。

「……つーか、一番もなにもセンパイとオレしか来ないでしょ」
「そうだけど」

タコみたいに唇を尖らせたセンパイが手近な椅子を引きずってきて隣に座った。そして机の上におにぎりと弁当箱を置く。

「あれっ、今日は弁当持参なの?今まで買い弁だったのに珍しいね」
「うちの親、夜勤ない日は作ってくれるんすよ」
「へー?」

相槌を打ちながらセンパイが自分の弁当の蓋をパカッと開ける。ウィンナーやたらこパスタなんかが顔を出し、おかずの香りが広がった。
センパイはどうやら濃い目の味つけが好きらしい。そしてアレンジやひねりのない定番料理ってやつを好む。今までの付き合いのなかで、それとなく知った好みだ。

――もう十月も終わる。この人と出会って、そろそろ半年が経とうとしていた。

こうして部室でセンパイと昼飯を食べるようになったのは、文化祭のあとからだ。
文化部の三年生は文化祭後に引退する決まりになってる。部長業の引継ぎ自体はその前に済ませてたみたいだけど、部室の鍵を由井に託すことで完全引退になった。
つっても放課後にオレや由井と一緒に帰るために頻繁に顔を出したりするから、オレら後輩にしてみれば引退って感じがしない。
だけどセンパイ的には学校で活動できなくなったのが寂しくてたまらないらしい。
それに、部活動がないってことはオレといられる時間も減ったと力説され、それなら……と提案したのがこの昼休みデート?だ。
デートっていうか、普通に一緒に食べるだけなんだけど、センパイがそう呼ぶからそういうことにしてる。

部活動が休みの中間テスト期間に、新部長になった由井に頼み込んで部室の鍵を借りた。
頼んだ当初はめちゃくちゃ文句を言われたのに「センパイと昼メシ食べるから」って言った途端あっさり貸してくれた。
あいつにとっての『楠先輩』は、全幅の信頼を寄せるに相応しい人物らしい。
そうしてテスト期間が終わったあとも由井から昼だけ鍵を借り、毎日ってわけじゃないけれど、都合が会う限りこうして二人で昼休みを過ごしている。

「寒河江くん、テスト返ってきた?」
「今日で全部返ってきましたよ」
「どうだった?」
「あーまぁ、思ったより出来てました。センパイは?」
「うん、見直ししたとーりって感じ」
「なんかヨユーですね」
「なんといっても俺にはお守りがあるからね!」
「……はい?」

胸を張って『お守り』とかよく分からないことを言い出したから聞き返したのに、センパイは「なんでもないよ」と恥ずかしそうに笑った。
まあ普通に勉強したってことなんだろう。センパイは、普段の言動からしてアホっぽく見えるけど頭が悪いわけじゃない。
突出した得意科目があるわけじゃくて、どれもまんべんなく平均的らしい。今は受験対策で数学と英語を集中的にやってるみたいだ。

一方でオレはここのところテストで点数が上がっている。
今まで勉強が出来なかったからってわけじゃない。字が下手だったせいでテストのときに点を逃してしていたのに、そういうことが減ったからだ。
センパイから書道を教わって、筆の持ち方や文字の書き方を改めて、日常生活でも極力丁寧に書くようになっただけ。それだけでも効果はあった。
ふと、センパイがオレの手元をじっと見つめてきた。

「なんですか?」
「いやぁ、寒河江くんって箸の持ち方ちゃんとしてるよね」
「親戚んちが飲食店だから、そこはスゲー厳しく躾られたんで」
「前から不思議だったんだけどさ、箸の持ち方とペンの持ち方ってそう変わらなくない?なんでペンの持ち方が、へ……その、アレだったの?」

今更のことだしはっきりヘタって言ってくれていいんだけど。センパイが時折見せる謎の気遣いだ。

「あー、たぶん……昔、体弱かったせいだと思います」
「え?どゆこと?」
「学校とか休みまくりだったんで勉強追いつくのに精一杯で、そこまで直せなかったっつーか……。子供の頃の話なんで記憶曖昧ですけど」

親やイトコから聞いた話なんかをまとめて考えると、たぶんそういうことだ。
その証拠に、今でも虚弱体質だった名残はある。
まず、睡眠時間をちゃんと取らないと何も出来なくなるくらい疲れやすい。
おまけに肌に刺激が残る過度の日焼けは苦手だし、メンズケア用品に多いメントールやミント系のピリピリする感じも嫌いだ。あの消毒薬っぽい匂いも病院を思い出すから余計に。

「……センパイ」
「ん?」

紙パックの乳酸菌飲料を飲んでいるセンパイの手を握った。それだけでオレのしたいことが伝わったみたいで、センパイは照れ笑いをしながら体を寄せてきた。
目を閉じて唇を軽く突き出している彼にキスをする。甘い匂いのするキスだ。
センパイのキス顔はマジで、ものすげー可愛い。オレに安心しきって全部預けてるっていう、この人の幸せそうな気持ちが伝わってくる。

そうやってちょっとしたことで好意が感じられるからつい言葉にするのを忘れてしまう。だけどたぶんそれはセンパイも同じだと思う。
オレも、センパイへの気持ちが普段の行動から出すぎてるんじゃねえのかなって自覚はある。だからこうして言葉にする前に通じ合っちゃうわけだし。

センパイと出会ってからこの半年で、自分を取り巻くたくさんのことが変わった。
第一に、この人に対して抱く気持ちは、正直ものすごく複雑だ。
単純な恋愛感情だけならよかった。そうすればもっとこの人に優しくできたんじゃないかと思う。
未だにオレは、センパイの寛容さに甘えてる。
それは一方的に寄りかかってるだけで、許されただなんて思ってない。


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