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――そうされて数分後、俺の目にはうるうると涙が溜まっていた。泣きそう。てか泣く。

「……いって!!寒河江くん痛い!もっと優しく……ッ!」
「優しくしてるでしょーが。あ、おい動くなって。……しょーがない、先にこっちやりますか」
「待って待ってそれマジ怖い!!近づけないで!!」
「あーもー超うるせえ。怖いなら目ぇつむってて」

つむってろと言われても、怖いから余計に目をひん剥いた。
俺の目の前に刃物が――はさみが近づく。
そしてそれは、瞼の上でシャキ、と音を立てた。

「こここ怖っ!怖い!」
「こんなの怖くねえって。ほら、痛くないでしょ?」
「痛くないけどぉ!痛い気がするぅ!」

ビビリな俺がギャーギャー騒いでたら、部室のドアがガチャリと開いた。

「ぶ、部長……と、寒河江?な、何してるの……?」
「え?センパイの眉毛切ってた」

聞こえてきた由井くんの声に、眉専用だという小さいはさみをシャキシャキと鳴らしながら寒河江くんが笑った。
そう、俺は今現在、彼の手によって前髪をピンで留められ、額を丸出しにしているという非常に間抜けな格好をしていた。
癒しを求めて由井くんのほうを向こうとしたら寒河江くんと正面から視線が合って、俺の目は変な半開き状態になった。

「ほら、ちゃんと目ぇつむってないと、切った毛が目の中に入っちゃいますって」
「うぅぅ……」

――昨日から寒河江くんが言っていたのは『俺・改造計画』だった。
中身がちょっとばかり残念なのは仕方ないとして、ちょっと外見をいじればあ〜ら不思議、雰囲気イケメンっぽくなって女子に話しかけられやすくなるかも!?というものだ。
その第一歩として、まずは眉毛をいじられた。いじられたっていうかボサボサのそこを整えるところから始めるとのことだ。
曰く、眉がすっきりするだけでだいぶ顔の印象が変わるらしい。

だけど、毛抜きで一本ずつ抜くとは聞いてない!
半端に飛び出てるところを先に抜くだけって寒河江くんは言ってたけど、超痛かった。なんか瞼の上のところがまだヒリヒリしてる。
俺があんまりにも騒ぐから毛抜きはやめて、ちっちゃい櫛みたいなのを使ってはさみで毛を整えてくれたんだけど、まあご覧の通りだ。
小さくても目の前にはさみがあるっていうだけで腰が引けて仕方ない。

「じゃ、続きはまた明日」
「明日!?明日もやんのこれ!?」
「やりたくないなら別にいーっすけど。困るのはセンパイだし。オレも正直言うと面倒だし」
「あ、文句言ってすいません。頑張ります、ハイ」
「まぁまだまだこれからですよ。あ、それから家でこれ読んどいて」

これ、といって寒河江くんはカバンの中から本を三冊取り出して机の上にバン!とたたきつけるようにして置いた。
なんですかこりゃ。一番上の雑誌を手に取って表紙をしげしげと眺めた。
Hi……ハイ……?あ、カタカナで小さく読みが書いてあった。ひ、ひんめる?何語だよ。
よく分からないけどファッション雑誌みたいだった。
ははぁん、これを読めば俺もオシャレボーイになれるってそういう寸法かな!?

「ありがたき幸せ。お借りします」
「貸すっつーか、もう捨てるつもりのヤツだったしあげますよ」
「なに?くれんの?やだ寒河江くんメッチャいい子!ありがとう!」

でも雑誌三冊とか結構重いからね。だけどそんな重いものを俺のためにわざわざ持ってきてくれたんだなぁと考えてみると、やっぱり彼はいいやつだと思った。
そんな俺たちの会話を聞いてた由井くんは、びっくりしたみたいにぽかんとして、そのあとすぐ怪訝そうに眉をひそめた。

「……え、と、部長?いつの間に寒河江と仲良くなったんですか……?」
「仲良くはないよ!?ちょっとなんかこう……打ち解けただけみたいな!」

俺なんかと仲良くなっただなんて由井くんに言われたら寒河江くんの舌打ちが聞こえてくるかもしれない。だからその前に早口ですかさず否定しておいた。
もらった雑誌を自分のカバンの中に詰め込んで、さっさと書道道具を準備した。

そうしているうちにちらほらと部員が集まってきたから、それぞれに今日の活動を始めた。
墨を磨っている途中、ふと手を止めて、窓に映った自分の姿を見た。
たしかに、眉毛がちょっと整ったら野暮ったい感じだった自分の顔がすっきりしたように見える。寒河江くん様様だ。
彼の言うことを聞いてれば彼女が出来るのも夢じゃないと確信し、素直に従おうと密かに決心した。


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