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その週は飛ぶように過ぎ、文化祭一日目がやってきた。
寒河江くんのことがあったからどうなるかと一時はハラハラしたけれど、部員の誰も欠けることなく無事にこの日を迎えられた。

書道部は文化祭中、空き教室で作品展示をする。
そしてパフォーマンスは二日目に外で行うことになっている。天気予報では雨の心配もなさそうだとのことだ。
展示のほうは飾っているだけなので当番だとかそういうものはない。
手荷物は部室に置くことになっているので、空いた時間をつぶしたり休みたい部員はそっちに集まる。

俺はクラスの模擬店の仕込みがあったので、書道部の展示は由井くんと小磯くんに指揮を任せた。
文化祭までは俺が部長ってことになっているけれど、もう事実上の新部長、新副部長だし、彼らからも「任せてください」と頼もしい言葉をもらったのだ。
それに教室内の設営なんかは昨日の放課後に終わらせたから、今日やること自体は少ない。

そうやって気を抜いていたせいか、準備を終えたあとクラスの友達と喋ってたらちょっと遅くなってしまった。
まあ誰も俺を呼びに来ないってことはうまくやってるんだろう。
まずは荷物を置くために急いで部室に行くと、中から複数人の賑やかな声が聞こえてきた。ずいぶんと楽しそうな盛り上がりだ。
みんなこっちに集まってるのかな?だとしたら展示準備はもう済んでるのかも。

「遅くなってごめん!展示は出来た?」
「部長!!」

ドアを開けた瞬間、みんなが一斉にこっちを振り向いた。
クラスや委員会の準備とかでいない部員もいるが顔ぶれはほとんど揃っていて、その全員が黒地のクラブTシャツを着ていた。こうして見るとなかなか壮観である。

「遅すぎっすよスーザン先輩〜!」
「展示なんてだいぶ前に終わってますって」
「もー超待ってたのに何してたんですかぁ!」
「お、おぉ……ごめん……」

矢継ぎ早に浴びせられる文句に口では謝りつつ、俺の視線は部室の中央に釘付け。
そこに立っているのは誰あろう、寒河江くんである。
彼氏だから自然と目が追ったというわけじゃない。いつもの寒河江くんじゃないからだ。
クラブTシャツ寒河江くんでもない――なんと、袴にたすき姿の和装・寒河江くんだよ!?

「え、ちょっ、えっ……さっ寒河江くん!?」
「なんですか」

上から下までじろじろ眺めると、寒河江くんが苦笑した。
黒の着物に鼠色の袴を穿き、赤いたすきで袖をまくり上げている。
彼のすらりとした体型に着物が良く似合う。露出した腕はいつもより一段と男らしく見えた。
惚れた欲目を差し引いても感嘆の溜め息しきりである。
いやぁもう、めちゃくちゃ凛々しい!

「似合うね寒河江くん!やばい、すごいかっこいいじゃん!」
「……どうも」

俺が手放しで褒めると、寒河江くんはうなじを掻きながら恥ずかしそうに笑った。おっ、照れてる照れてる。
そんな寒河江くんの傍らで、由井くんが得意満面で頷いている。
そういえば、夏合宿のとき由井くんに「袴を調達できないか」って頼んだんだっけ。
クラブTシャツとは別に、書道部の宣伝用に着ようというアイデアのためだ。

「あっ!これ、もしかして由井くんが借りてきてくれたやつ?ごめん、任せっぱなしにしちゃったね」
「いえ、部長が忙しそうだったんで言わなかっただけで、特に問題はなかったですよ。ちょっとギリギリになっちゃいましたけど」
「ありがとう由井くん!貸してくれた人に俺からのお礼も言っておいてね。で、結局寒河江くんが着ることになったんだ?」
「いえ、それだけじゃないですよ」
「ん?」

いつの間にか部員たちが俺を取り囲みながらニヤニヤ笑っている。異様な雰囲気を感じた俺は、反射的に一歩後ずさった。
落ち着かず視線をキョロキョロさまよわせていると、笑顔の由井くんが俺にずいっと詰め寄ってきた。何故か両手を挙げてホールドアップの形にしてしまう俺。
お、おーい寒河江くん!なんでそんな、顔を逸らしながら笑ってるんだよ!
どことなく威圧的な由井くんの迫力に逃げたくなる。

「この着物、おれの書道教室から借りてきたんですけど」
「えっ、そうなんだ」
「実はもう一着借りられたんで」
「へ、へー……?」
「部長も着てください!」
「へぇぇ!?」

裏返り気味の間抜けな叫びが、部室中にこだました。


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