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ガクンとバスが揺れた。このバスは、一箇所だけカーブがきつい場所があっていつも同じ場所で揺れる。
慣れてない人はここで不意に体勢を崩して最悪転んだりするが、俺はもう慣れっこだから重心を乗せて足を踏ん張った。寒河江くんも同じようにして体勢を保ったままだ。

「――嬉しそうって、どういうこと?」
「だから、由井が休み時間にケータイ見てニヤついてるから何かと思ったら、楠センパイからのメールだって言って」
「俺の……?あれ、だって寒河江くん、俺をウザがってるって言ってなかったっけ?」

寒河江くんが口を閉じてそっぽ向く。
踊り場で俺を威嚇してきたのは嘘だったってこと?

「……なんだぁ!よかった!俺、由井くんに嫌われてるのかと思って落ち込んじゃったよー!」
「別に嫌われてないとは言ってないんですけど」
「やめてそういうの!俺を崖から突き落とすのやめて!」
「でもおかしいじゃん。書道部って他にも部員いるのに由井にばっかり一緒に帰ろうって言ったりやたらメールしたりとかさ。他の人にも同じことしてます?」
「し、してませんけど……」

痛いところ突きやがった。ここで嘘をつけない俺もどうかと思うけど。

「やっぱセンパイってストーカー?」
「ちっ、ちち違うから!俺はただっ……」
「ただ?」

じろりと睨まれて怯む。
もう、このしつこい寒河江くんを納得させるには本当のことを打ち明けるしかないのか。

「……えーと、俺にはいないんですよ」
「は?」
「か、かのじょ的な存在が……」

しどろもどろに説明する。この天才的一人遊び『エア彼氏』を。
恥ずかしくてだんだん目のあたりが熱くなってきたけれど、一生懸命寒河江くんに俺の無実を訴えた。
そういえば周りの人にも聞こえてるんじゃないか。ダブルで恥ずかしい!

「つまり?一人が寂しくてそれ以上に寂しいことをやってたわけですか?」
「おっとやめてくれたまえ本当のことを言うのは!心が痛い!」
「……はぁ……」

寒河江くんの呆れたような表情と溜め息。
笑われなかっただけマシかって考えてる時点で、俺の中の色々が終わってる。

「じゃあなに?彼女ほしいってこと?」
「そりゃそうだよ。当たり前じゃん」
「作ればいいじゃないですか」
「き、気軽に言ってくれるなこの野郎!寒河江くんは入れ食い状態かもしんないけど俺ごときがそんな簡単に行くか!」
「入れ食いって」

俺の言葉にムッとする寒河江くん。
よく知らないのに見た目だけで判断して申し訳ない。でも否定しないってことは当たってるんだろうか。羨ましい。

「……じゃないですよね!そんなチャラくないよね!えーとその、ぶっちゃけ彼女ほしいです。登下校デートしたり一緒に勉強したりキラキラした青春送りたい」
「そしたら由井のストーカーやめます?」
「だ、だからストーカーじゃないってば……」

その不名誉な肩書きやめてほしい。
寒河江くんはよっぽど俺と由井くんを引き離しておきたいらしい。
そんな彼が突然ポケットからスマホを取り出して、すげえ可愛い女子数人の集合写真を俺に見せてきた。

「二年でよかったら何人か紹介しましょうか?なんなら合コンでもセッティングします?この子とかこの前、彼氏ほしーって言ってたし」
「えっマジ!?……じゃなくて!俺はですね、そんな仕組まれた感じより、こう……自然に出会ってだんだん仲良くなって、距離近くなってから自然に付き合い始めたりしたいんだけど」
「うわっ、めんどくせ」
「いーじゃん!夢見たっていーじゃん!」

そりゃあ最終的には男の本懐を遂げるのも目的のひとつですけど、それにしたってそこに至るまでの過程を大事にしたいんだ、俺は。
童貞なめんなよ!

「カノジョねー……」

そうつぶやいて俺の顔をじろじろと見る寒河江くん。俺もつられて彼の顔を見返した。
目を合わせてちゃんと見たら寒河江くんはイケメンだということがわかった。

「好きな女、いるんですか?」
「あ、や、そういう、はっきりした感じの子はいるようないないような」
「なんだ、ぼんやりただカノジョほしいって言ってるだけなんですか。だったらもうクラスの子と話して仲良くなればいんじゃね?」
「女子と話すのなんか怖い」

寒河江くんから「めんどくせー」と二度目のお言葉。今度のは確実にイライラした声で。

「うう、ごめん。だから由井くんとのアレは俺の心のオアシスだったんだって。由井くん癒し系だしいい子だしで俺のアロマ的な存在なんです」
「……じゃ、カノジョ作り協力しましょうか。オレが」
「合コン行くような肉食女子怖い……」
「このヘタレ」

イラつきを通り越して呆れ果てたみたいな半眼で、ずばりと俺をこき下ろす寒河江くん。
うぬぅ、反論できない。

「つーか違いますって。合コンじゃなくて、それ以前のこと。中身はどうにもならなくてもガワはなんとかなると思うんですけど」
「ええ?」

寒河江くんの言ってる意味がわからなくて思わず見上げると、彼はにんまりと笑っていた。
それと同時に『次、亀ヶ林小学校前ぇ、停まります』というアナウンスが車内に響く。

「じゃあオレ、次なんで、また明日」
「えええ!?」

そう言って寒河江くんはバスが停まるとさっさと降りてしまった。


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