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そんな俺の心境を見透かしたように寒河江くんの顔がニヤニヤ笑いに変わった。

「なに、ガッカリしました?」
「べべ別にッ!?えーとえっと、あっ、つーか寒河江くんって兄弟いないんだよね?」
「そうですよ。って、あれ、言ったことありましたっけ?」
「ないけど、今までイトコしか話に出てこなかったから一人っ子なのかなーって勝手に思ってた」

バイトで世話になってる家のイトコのお兄さんはよく話題に出るけれど、実の兄弟姉妹の存在を匂わせることはなかった。その推測は当たりだったらしい。

「俺と同じだね」
「あ、やっぱセンパイもですか」
「うん」

寒河江くんは気を遣ってたのか俺の家庭内のことを今まではっきり聞いてこなかった。でもこれからはそういう話題を避けなくていいと判断してくれたみたいだ。よかった。

「寒河江くんのイトコの家には兄弟いるの?」
「あー、兄ちゃんと姉ちゃんがいます。兄ちゃんは、星野さんと同い年のオッサン。姉ちゃんはその五つ下で、オレとは十五離れてるんですよ」
「へぇ……だいぶ年離れてるんだね」
「うん、だから喧嘩したこともないですよ。センパイはそういう親戚付き合いないんですか?」
「親戚はいるけど全然交流ないなぁ。寒河江くんちみたいなのいいよね。兄弟いるみたいで羨ましい」

それだけ年が離れてるなら寒河江くんはめちゃくちゃ可愛がられてたんだろうな。
俺もペットボトルのふたを開けてお茶を飲んだ。渋みのまろやかなお茶で口の中がすっきりして美味しい。

「寒河江くんってなんでバイトしてんの?」
「まあ、単純に小遣い稼ぎですね。服とか衝動買いすることあって親に超怒られるんで」
「衝動買い?そんなイメージないのに」
「オレってどんなイメージなんですか?」
「そういうことしなさそうってイメージです」
「それじゃ分かんないんですけど……。ほら、気に入ったものはそのとき手に入れとかないとあとで後悔するじゃないですか」
「うぅん?そうなんだ」

そう言われてみれば、寒河江くんの即断即決な気質を考えると衝動買いも彼の性格のうちなのかな。
俺はそういうとき、買うかどうかしばらく考えてから結局いらないと判断することが多い。こういうところが寒河江くんにヘタレって言われる所以なんだろうなぁ。

ずっと同じ姿勢だと落ち着かなくて無意識に体を動かした。そうしたら寒河江くんの腕に軽くぶつかってしまった。
マジで近すぎ――と思ったその瞬間、手を握られた。さらにそれだけじゃなくて、指を絡ませるいわゆる恋人繋ぎで。

「さっさささがえくん!」
「はい?」
「……なんでもないです……」

体育座りをして、抱え込んだ膝に顔を埋めた。目の周りがものすごく熱い。
別に初めてでもない恋人繋ぎくらいでいちいち騒ぎ立てたりして、寒河江くんはいい加減呆れてるんじゃないか。
そうはいっても今までと違って邪魔の入らない空間に二人っきりだと思うと、もう照れの極致である。

「……センパイ」
「…………」
「ずっとそのままでいるつもりですか?」
「んー……」
「今の姿、写真撮っていいですか」
「はい?」
「スーザン部長がオレんちに来た記念ってことで愁たちにグループ送信するんで」
「なに!?」
「由井にも送ろうかな」
「えぇぇっ!」

ガバッと顔を上げると寒河江くんの意地悪そうなニヤニヤ顔が目に入った。

「ウソ。しませんよ」
「寒河江くん……」
「だってせっかく二人なのに、センパイがそんなんじゃつまんないじゃないですか」
「で、ですよね……ごめん」

寒河江くんはつくづく出来た彼氏だな。その気遣いに俺もさすがに反省した。
そうだよ、『恋人の部屋でイチャイチャ』をしなきゃここに来た意味がない。寒河江くんと一緒の時間を楽しみたいんだろ、俺!
ごくりと喉を鳴らして、繋いだ手はそのままに思いきって寒河江くんにぴったりくっついた。
それから、それから――あ、俺なんか変な汗かいてる?

「センパイ……」
「う、うん?」
「……こっち向いてください」

よぅし、チューでもなんでもしますぞ!と意気込んだのに、寒河江くんは俺の額に手を当てて前髪をかきあげた。

「――また眉伸びてきてるんですけど」
「なんですと?」

聞こえてきたムードもへったくれもない言葉に、張っていた肩がかくんと落ちた。
眉毛の手入れは初回の失敗以来、寒河江くんに任せっぱなしだ。自分でやって歪むのが怖いから完璧ノータッチ。
ようやくカップルっぽい雰囲気になったと思ったのに、彼はあっさり手を解くと立ち上がって棚を探った。そして持ってきたのは髪留めピンと眉シェーバー。
ソファーに座り直した寒河江くんは、いつもみたいに俺の前髪を留めてシェーバーのふたをはずした。

「実はずっと気になってたんですよね」
「な、なにも今じゃなくてもさぁ……」
「いーじゃないですか、気になるんだから。はい、目ぇつむって」

なんとも俺たちらしいやりとりだ。いや、俺たちはこんな感じでいいのかもな。こういうのだってイチャイチャって言えるかもしれないし。
眉カット中、不用意に動いてしまわないよう軽く息を止めた。これは何度もやってもらううちについた癖だ。
寒河江くんの指がこめかみに触れる。ジィィという振動音が聞こえて静かに呼吸をした。
シェーバーが眉のあたりに動くくすぐったさももう慣れた。
目を閉じたら寒河江くんの部屋の匂いが濃くなったような気がした。五感の一つを閉じたせいかもしれない。洗剤の香りとは違う匂いだ。


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