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12月24日。世間的にはクリスマスイブだけど、恋人もおらず友達との約束もなく、今日に限ってバイトもない俺はレポート用紙を埋める作業に没頭中。
ベッドに寝転び布団の中で暖を取りながらせっせとノートパソコンで文字を打つ。

辛うじてフローリングにリフォームされているが、隙間風が入り込む築30年の安普請アパート。この6畳の狭いワンルームを、俺は気に入っていた。
昔から広いところは落ち着かなくて、狭い場所に収まるのが好きだった。おまけに親元から離れた一人暮らしの開放感といったらもう。
レポートに飽きてちょっとニュースサイトを巡っていたら、変なサイトをクリックしてしまった。

『要注意!閲覧は自己責任で!』

そんな脅し文句がでかでかと躍っている。そう言われたら見てみたくなるのが人のサガってもんで、念のためウィルスチェックしてからクリックした。
それは掲示板に投稿された恐怖体験のまとめサイトだった。ちょっと身構えたのがアホみたいだ。
しかし作り話かガチかはわからないけど、結構面白くて時間も忘れて読み込んでしまった。

深夜一時を過ぎた頃――気がつけばもうクリスマスだ――、一旦ベッドを抜け出しペットボトル飲料を用意して、また恐怖サイトを見る作業に戻った。レポート?知らね。
一通り読んだらネタ元の掲示板を見てみたくなって、検索して目的の場所に辿り着いた。
新着のスレッドを開くとなにやら不穏な空気が漂っている。遡ってみると一人の投稿者のリアルタイムで賑わっているようだった。

『俺の家ヘンなんだけど誰か助けて』

そういう書き込みから始まっている。
最初の投稿の日付は四日前で、前スレッドから続いている書き込みだった。

「なになに……一人暮らしのはずなのに変な音がする?」

最初は気にも留めなかった。ところがそのうちにその音が家の軋みや風の音とは違うことに気付いた。
ぎちぎち、とかぐちゃぐちゃ、みたいな音が聞こえてくる。俺の家と同じワンルームで、人が隠れられるような場所はない。
その音は移動していて、家主が動くとピタリと止まる。誰か人がいると一切聞こえない。
しばらくその音に耳を澄ませてみると、音は部屋を円を描くように移動していることに気付いた。

投稿者を煽るように掲示板では「逃げろ」「お祓いしとけ」「気にしすぎだろ」「それやばい」という反応がなされている。
俺は夢中でその投稿者の書き込みを辿った。

そして10分ほど前、家主が寝ているベッドの周りを音が移動していると書き込みされているところまで追いついた。
さすがにこれはシャレにならないと携帯片手に実況する投稿者。
どうなったのか気になってページを更新していたら、ぷつりと書き込みが途切れた。心配した掲示板の住人が「おーいどうした」「生きてるか?」と続々と投げかける。
俺はその動向を興味深々で追っていた。
そうしてついに、今、この時間、投稿者IDから書き込みがあったのだ。

―― 真っ赤なコート 着た おとこ ほうちょう もって


ピンポーン!


タイムリーなインターホンの音に驚いてノートパソコンをばしんと閉じた。
うおー、び、びっくりした……。誰だよまったく。
……ちょっと待て、今何時?いや一時だぞ。深夜の。いくら間抜けな宅配便業者だってこんな時間には来やしない。
友人はみんなクリスマス前に彼氏や彼女を作っていて予定があるから来るはずもない。スマホを見ても連絡も特に来てない。
マジで誰――ぴんぽんぴんぽんぴんぽん――うるっせーなオイ!

よし無視しよう!そう思ったのにドアをガチャガチャやられている音がして本気でゾッとした。
鍵、かけたよな?大丈夫……だと思う。チェーンしたっけ。でも今から玄関に行って確かめる勇気もない。
急に訪れた得体の知れない恐怖に、布団を頭から被って耐えた。心臓がドッドッとやけに大きく跳ねている。

ところがガチャガチャ音が唐突に止んだ。
ホッとしたのも束の間、カチン、と錠が開く音がやけに大きく部屋に響いたのだった。

俺はもう混乱で頭ん中ぐるぐるしてるし目の前が白くなったり息は荒くなるし気が遠くなっては引き戻されたりで、わけが分かんなかった。
ぎし、ぎし、とフローリングの床が軋む音がする。その音は俺が丸まっているベッドの側で止まった。

怖いのに、何故か俺は布団を少し開けて見てしまった。

赤い、コートの、男、が。


「――きょーちゃん!!」


……男が、俺の愛称を泣きそうな情けない声で叫んだ。


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