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「ん……ん、ふぁ……」

色っぽい喘ぎ声と、ちゅ、ちゅ、というキス音。
そっと目を開けると、長い睫毛が視界に入る。美人、と言って差し支えないだろう。

「……かーやーのー、重い」
「んー……ふふ」

萱野はちゅ、と名残惜しげに俺の唇に口付けて、妖艶に微笑んだ。弧に描いた唇は口紅でもつけてるみたいに真っ赤だ。
かくいう俺も人のことは言えないだろうが。

「もーいいだろ。重い。あといい加減視線が痛い」
「あン、もう少し……志賀ちゃん」
「あちーんだよ」

近づいてくる唇を手で覆って阻止すると、目の前の美貌が不満げな表情になる。
だから俺はさらりとした前髪をすくってその手を耳元に滑らせた。そのままやんわりと引き寄せて軽いキスをしてやる。

「もー……せっかく捕まえたのにぃ」
「つかそろそろ昼休み終わるし」
「わかったよぉ」

そう言って萱野が俺の上からどいた。とっくに慣れたとはいえ数人の視線を感じるのはちょっと落ち着かない。



ここは2年B組の教室。昼飯の後ちょっと寝ようかと思って自分の席についていたところを萱野に捕まったのだ。
椅子に座っている俺の上に跨る形で乗っかってきて、突然のキス。食後で眠いのもあってずいぶん適当なキスになった。

まあでも雑だろうとなんだろうと構わない。別に萱野とは恋人同士でもなんでもないのだから。
もっと言うと、萱野は小柄な小悪魔系美形だけど、男だ。どんなに美人でも俺と同じモノがぶら下がってるれっきとした男。

「はいこれ、食後のデザート」
「お、さんきゅ」

そう言って萱野に渡されたのはシュークリーム。俺の好きなホイップ&カスタードのジャンボシュー。
そして「これも」と未開封の桃とラズベリー味のガムをブレザーの胸ポケットに押し込んできた。

「じゃーね、キスごちそうさま」
「はいはいどーも」

萱野が俺の頬にキスをして去っていく。
あいつはああ見えてもSクラスのエリートだ。そして、生徒会会計の親衛隊長でもある。
やっと解放された、と息をついたのも束の間、入れ替わるようにして俺のそばに人が立った。

「……なに?」
「あ、あ、あの……ぼ、僕も……そのっ……お願いしますッ」

顔を真っ赤にした純情そうな小柄な美少年が、自分の制服の裾を両手で握り締めながら目を潤ませていた。
一年生のバッヂをつけているし、初めて見る顔だ。後輩か。
どうしたもんかと少し考えて、俺は頭を掻いて美少年君の方に体を向けた。

「いいよ。ほら」

腕を広げてそう言ってみれば、美少年君はごくりと喉を鳴らした。
ぷるぷると震える細い腰を引き寄せると、しどけなく俺の体に倒れこんでくる。
耳元で緊張をほぐすようにそっと囁いた。

「時間ないから軽くな」
「はっ……ふぁいっ」

緊張しすぎだろ、とちょっとおかしくなって笑ってしまう。美少年君もつられたように少し笑った。
俺は微笑んで緩んだ美少年君の柔らかそうな唇にそっとキスをした。
少し乾いた唇が痛々しい。

あんまりにも体をガチガチに緊張させてるから一回で終わらせる。その代わりに震えている瞼に軽くキスを落とした。
唇を離すと美少年君はうっとりとした顔をしていた。また笑いがこみ上げてくる。

「……もう一回いっとく?」
「ふぇっ!?いいいえ、ありがとうございました!」

ぱっと体を離して、美少年君は直角にお辞儀をした。そして手に持っていた小箱を俺に差し出してくる。

「こ、これ、どうぞ!」
「おー、それ好きなんだよな。ありがと」

俺はありがたく箱を受け取った。それは高級ブランドのチョコレートだった。
美少年君はもう一回お礼を言って教室から小走りに出て行った。
「志賀先輩どーだった!?」「もーやばい!かっこよかったしいい匂いだしすっごい気持ちよかったぁ」「ホントっ?今度僕も行ってみよーかなぁ」という少年達の会話が遠くで聞こえる。
俺は萱野からもらったガムを一粒口に放り込んで咀嚼した。
甘ったるいフルーツの香りが口の中に充満する。

そしてひとつ溜息をついた。


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