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前に望月先輩、うしろに天佑――俺は、二人に挟まれた状態で動けなくなった。
真横で拳と掌が牽制しあってる。腕に血管が浮いていて、互いに相当な力で押し合ってるんだとわかる。骨が軋む音まで聞こえてきそうだ。
張り詰めた空気に圧されてるのか、物置内の誰ひとりとして動かない。その緊迫感にごくりと唾を飲み下した俺に対し、天佑が場にそぐわない呑気な口調で話しかけてきた。

「てか、どーして俺が仲間とか思っちゃったの?ちょー心外なんだけど」
「だって……お前の親衛隊員だった人とかいるし……」

色々な疑惑を総合的に考えた末にだが、ひと言では説明しにくい。だから咄嗟にアダルト玩具の先輩を指した。
そしたら天佑は鼻で笑って首を振った。

「あーあの人?あれはもう俺の親衛隊員じゃないよ。去年俺たちが同室だったときにね、部屋来るたびに理仁の物をコソコソ盗んでたから追放処分したんだよね」
「は?俺の物を?って、それもしかして椎名の――」

言いかけてハッと口を噤んだ。
しまった、これって俺は知らないことになってるんだった。案の定、訝しげに天佑の片眉がはねる。

「知ってたの?」
「あ、いや、……うん、最近知った」
「ふぅん?まあいーけど。そいつ、俺らの部屋に通ってるうちに理仁のこと好きになっちゃったらしいよ。それならそれで別に構わないんだけどね、あんなヘンタイにいいように使われちゃって……まぁゲス同士、気が合うのかもね?」

玩具先輩に向けて天佑が放った言葉は刺々しかった。
椎名が俺の私物を集めようとして、仁科親衛隊のヤツを利用したんだってのは聞いた。その実行犯が、今そこにいるアダルト玩具先輩だって?マジで?
けれど玩具先輩はあどけない顔で頬をピンクに染めつつ、可愛らしく両手を広げた。

「やだなぁ〜、仁科様のことだってボク今も大好きですよ〜〜。でもでもぉ、志賀様のほうがもっと、もぉ〜っと大好きなんですっ!」

いかがわしいアダルトグッズを両手に抱えた状態で言われたくない。無邪気さが逆に怖ぇよ。
ビビッてのけぞったそのとき、天佑の腕に力が入って掌が少し前に突き出た。押された望月先輩の眉間に皺が寄る。

「ほんと、来るの遅くなっちゃってごめんね。こいつらの動きはようちゃんに見張っててもらってたんだけど」
「オレのせいにすんな。そこのクソ野郎に校内のカメラ全部壊されちまったんだ、行動把握すんのにも骨が折れんだよ。ようやくソイツ捕まえてヤキぃ入れようとしたら、志賀のバカが逃がしやがるし」

鬱憤をぶつけるように、天佑の隣に立った鬼頭が唾を吐きながら俺とソフモヒ男を順番に睨みつける。ソフモヒ男は怯んで、三春を抱えたまま一歩あとずさった。
ていうか今日見たカツアゲ現場の『骨が折れた』ってのは比喩だったのかよ。裏側の事情を知ってみたら、あれってわりと切実な状況だったんだな。全然カツアゲじゃなかった。いや暴力はどうかと思うが。

「わ、悪かったって鬼頭。つーか知らなかったし……こんなことなら教えてくれたって良かっただろ」
「仁科がてめぇに隠してんのに、オレの口から言えるか」
「なんでそんな律儀なんだよ。……てか天佑お前、知っててなんで俺に黙ってたわけ?」
「ん〜だってさぁ、こんなやつらのこと知っちゃったら、理仁は身動きできなくなっちゃうでしょ?だから知らないでおいたほうがいいと思って」
「う……」

そりゃたしかに、ここまで倫理が通じない感じの過激派の扱いとかどうしたらいいかわかんねえし。
挙げ句、自分の行動をいちいち気にして何もできなくなりそうだ。俺は確実にそうなる。
天佑に前言われた「志賀ちゃんは何も知らなくていい」という謎めいた台詞が、今、意味を持って俺にのしかかった。

「……てことは、監査室にお前と望月先輩が来て二人揃ったあれも、偶然じゃなかったとか?」
「うん?あ〜あったね、そんなこと。あのときは、惟心が理仁に接触しに行ったってようちゃんから連絡きたんで慌てて追いかけたんだよ。『親衛隊は存在しない』のが大前提のルールなのにね、何か企んでるんだろうなって思ってさぁ」
「企んでいるなんてとんでもない。あの日は副隊長として、志賀様のご様子を自分の目で確認しに伺っただけです。仁科様のお部屋に宿泊したあと遅れて登校なさったので、無体を強いられたのでは、と気になりまして」

俺らの話に自然に割り込みながら望月先輩は拳に力を入れた。天佑がそれに若干押される。
――何か変だ。
望月先輩は、天佑のことを『仁科様』と口では敬うくせに目の敵にしてる節がある。天佑のほうが立場は上でも浅くない間柄っぽいのに、はっきりと嫌っている。
二人は敵対してるみたいだ。でも関係性がいまいち見えてこない。

「ほら、こーゆーこと言っちゃうからこいつらヤバんだよね。理仁のことを常に監視してて、関わった子に訳わかんない基準ですぐ嫌がらせするんだよ。理仁が誰と何してよーが自由なのにね?」
「じゃあ、あの、お前が俺のこと守りたいとか言ってたのは――」
「どっちかっていうと『理仁の親衛隊から』周りの人間を守るって意味、かな」

そうか、だから天佑は人前でやけにベタベタしてきたのか。とつぜん同室の真似事をしはじめたのだって――こいつらの目を逸らすために、天佑が盾になってたんだ。
なんだろう、この既視感。俺が誰かと関わるたびに怒りをあらわにする、そういうことをするのは……何かに、誰かに似てる。
嫌な汗がとめどなく滴り落ちる。視点が定まらなくなって眩暈がした。そんな俺に目もくれず、天佑は望月先輩を見据えながら続けた。

「で、東堂君は色々目立ってたし特に危なかったんだよね。理仁がケガしたって聞いて、さすがにもう東堂君への制裁が来るかと思って警戒してたんだけど……予想より早くてちょっと油断しちゃった」

三春を見ると、真っ青な顔で小刻みに震えて苦しそうな呼吸をしていた。そのまま気を失ってしまいそうだ。
望月先輩に押された分、天佑が再びググッと拳を押し返した。

「ま、それはともかく。惟心、俺はねぇ、怒ってんの。俺から盗み取ったもの、返してもらうから。全部」
「盗んだなどと人聞きの悪い。少々拝借しただけではありませんか」
「勝手に持ってったくせに何言ってんの?俺の部屋の鍵も、俺の親衛隊員の東堂君も――俺の理仁も」

天佑の言葉を聞いた瞬間、望月先輩がみるみる顔を歪ませた。

「志賀様を『俺の』などとおこがましい。私物化までは許していませんよ」
「あんたが決めることでもないよねぇ?」
「高潔な志賀様に、貴方のような下劣な漁色家は相応しくない」

天佑と望月先輩の間に漂う空気の温度が急降下した。肌でそう感じる。
まだ余裕のありそうな笑みを浮かべているとはいえ、天佑も聞き捨てならないとばかりに冷たく返す。

「へぇ?どーゆーこと?」
「仁科天佑、貴方は弁えるべきだ。いくら志賀様のお世話を任されているとはいえ、志賀様を穢し、あまつさえ肌に汚らしい痕を残すなど言語道断」

『お世話を』、『任されている』?――誰に?
呼吸が知らず荒くなって口から熱い空気が入ってくる。喉が焼け爛れそうだ。
天佑が低く笑う。と同時に、掌で受けていた望月先輩の拳を勢い良く薙ぎ払った。
しかし今のはほんのお遊びだったと言わんばかりに、二人とも涼しい顔のまま体勢を崩さなかった。

「そうやって、あんたがずっとイラついてんの知ってたよ。俺にも制裁するつもりだったんでしょ?」
「ええ。三春翼のあとに、ですが」
「いいよ、ここでまとめて決着つけようよ。――ああ、それも深鶴からの指示?どっちでもいいけど」
「み、つる……?」

無意識にその名をオウム返しすると、天佑の手が俺の肩を優しく抱いた。
うしろから緩く抱き締められ、甘く低い声が耳に吹き込まれた。内緒話を囁くように。

「あれ、それは聞いてないの?こいつ――望月惟心はね、もともと深鶴の手駒だったの」

目の前の男を見上げてみたら、無表情で、血の通っていない機械みたいに感じた。
喉に綿でも詰められたかのように声が出せなくなる。それでも天佑は、容赦なく続けた。

「親衛隊とか制裁だとか、全部、深鶴に命令されてやってることなんだよ」


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