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夕飯時の食堂はガヤガヤかちゃかちゃと賑やかだ。
しかし券売機の前に列はない。うしろにも人が並ばない。
だから俺は掲示されてる文字を睨みつつ、悩みに悩んでいた。

「……うーん……」

どっちにしよう。日替わりの炭火焼牛タン定食か、季節メニューの豚しゃぶと夏野菜の冷やし中華か……。

「……冷やし中華だな」

独り言を漏らしつつ『季節』ボタンを押す。
券売機から離れた絶妙のタイミングで、見たことあるヤツが二人組で話しかけてきた。仁科様親衛隊員だ。

「お疲れ様です志賀様!仁科様が上でお待ちですよ!」
「ああ、わかってる。ありがと」

続けてもう一人の隊員が「チケットお預かりします」と自然な仕草で俺の手から食券を奪っていく。
俺のほうもそれにすっかり慣れちゃって、躊躇うことなく配膳を頼んだ。
こうすることで役員席に上がれる親衛隊員が一人増えたと思うことにしてる。

そろそろ食事終了という雰囲気が食堂全体に漂ってる。
ホール内を見渡せば、制服やジャージのヤツもいれば私服で来てる生徒もいる。
かくいう俺はまだ制服で、しかもバッグまで持っていた。

吹奏楽部で椎名と取引したあとのことだが、一度ミネ君と合流して手分けして全部活を見て回った。
それから監査室に戻り、「部室が汚い」とか「違う活動をしてた」だのといった先生へのチクり、もとい報告をまとめてたらこんな時間になってしまった。
そんなわけで監査室から直で食堂に向かい、天佑と現地待ち合わせでもって夕飯を食べる約束をした。

二階のフロアに上がったら、窓際の席に会計様を見つけた。
天佑は背もたれにだらっと体を預けた格好でスマホをいじっていた。食堂に来る前にシャワーでも浴びてきたらしく私服だ。
俺に気づいた天佑は、だらしない姿勢のままスマホをテーブルにパタンと伏せた。テーブルの上にはウォーターピッチャーとグラス以外何も置かれてない。

「やーっと来た〜!もーお腹すいたよ〜」
「なんだお前、メシまだだったのかよ。先に食ってりゃよかったのに」
「一緒に食べたかったから待ってたのー」
「そっか。遅くなって悪かったな」

逆の立場だったら俺も待ってたと思うし気持ちはわかる。
天佑の正面に座って周りを改めて見回す。俺たち以外に二階席はからっぽだった。

「珍しいな、俺らだけ?」
「うん。後藤ちゃんは今日友達と下で食べてるしぃ、他はみんな食べ終わってとっくに帰っちゃった」
「だから悪かったって」
「いーよ、委員会だったんだもんね。てゆーか、生徒会室にも来たーって早坂から聞いたけど?」
「……ああ、ちょっと様子見に行っただけ。まあ今日は部活の抜き打ち見回りもあったから長居はしなかったけどな」

なんてことのないような口調で言ってみたが、言い訳じみた早口は不自然だったかもしれなくて内心冷や汗をかいた。
ふぅん、と軽く相槌を打った天佑は、通知を知らせたスマホを一瞬だけチェックした。それから頬杖をついて俺に綺麗な笑みを向けてくる。

「理仁、涼しそうだね」
「は?」
「朝さぁ、下にもう一枚来てたよね?脱いじゃったの?」

やたらと目ざとくてビビった。なんなんだこいつ、どうしてそんな細かいとこにすぐ気がつくんだよ。
肌に触れるシャツ一枚の質感が急に心もとなくなって、適温に保たれた食堂の空調がいつもより冷たく感じた。

「あーうん、……暑くて。つかお前、俺の着替えとか見てんのかよ」
「え〜?だって目の前で生着替えされたら見たくなるじゃん?」
「なま……嫌な言い方すんなよ、すげえ着替えにくくなったわ。――そういえば、ちょっと聞くけど」
「なぁに?」
「あの、俺がなくした鍵って、どうなった?見つかった?俺も一応探してんだけどさ」

世間話の延長みたいに聞いてみる。すると天佑は顔色ひとつ変えず返してきた。

「まだー。手元に戻ってきたら教えるからぁ、そんな心配しないで」
「……うん」

他の席に誰もいないのをいいことに際どい会話をしてると、やがて食事の乗ったトレイを持った親衛隊員が二人、二階席に上がってきた。
天佑は俺が迷ってた日替わり定食のほうを選んだらしい。炭火焼の香ばしい匂いが立ち昇った。

――俺も、天佑も嘘をつく。知られたくないことだから隠す。
けれど天佑のは俺に気を遣わせないための優しい嘘なんだろう。
せっかく見つけた鍵をまた俺になくされちゃたまらないから、あるはずのものを『ない』ってことにしてる、それ以外に嘘をつく理由が思い浮かばない。
お前にはもう預けられないって言えば俺はそれでいいのに。

だけど椎名のほうが俺を煙に巻くつもりで嘘をついたのかもしれない。
どれが本当で嘘なのか、もう判断がつかない。
なら、天佑の言葉を信じたい。そうしたいって思ってるのに気持ちはどっちつかずだ。俺自身、隠し事をしてるから。
天佑に隠れて元彼のことを調べたりして、俺は一体何をしてるんだろう。

会話を閉ざすため口に運んだ冷やし中華は、ピリ辛のゴマだれでうまかった。
なのに、なかなか箸は進まなかった。


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