灰崎祥吾の絶対的味方
「灰崎祥吾、今日限りで退部してもらう」
赤司の声が体育館に響き渡る。
あーあ、とうとう強制退部かぁー。
ここから解放されるという喜びか。
それとも所詮あいつらにとって俺はこんなものなのかという失望か。
あるいはもうバスケができない事への悲しみか。
この場にいるバスケ部員全員が手を止めて俺と赤司の会話を固唾を飲んで聞いていた。
赤司が決めたのならもう決して覆らない。それなら仕方ないと口を開こうとしたその時だった。
ーーーーバンッ!
体育館の入口の扉が大きな音を立てて開いた。
赤司と灰崎に注目していた視線は突然音がした方に一斉に移る。
現れたのは一人の女子生徒だった。
背中まである漆黒の髪を揺らして空のように蒼い瞳をした少女は、集まる視線を物ともせずに何かを探すように辺りを見回す。
何かに気付いたのか周りに気付かれない程度に目を見開くと、次の瞬間その目に様々な感情が浮かび上がる。
ーー驚愕、悲哀、怒気。
「もう、祥ちゃん探したよー!」
緊迫していた空気をわざと崩すべくニコニコと明るさを装った少女はごく自然と灰崎に近づいた。
一方、名前を呼ばれた灰崎は何故ここに、このタイミングで彼女が現れたのか分からず動揺する。
「……凛」
灰崎に名前を呼ばれた少女は自分を呼ぶ彼の声が微かに縋るような響きであることに彼と付き合いの長い彼女だけが気付いた。
本人である灰崎も気づいてない無意識のSOS。
ーー嗚呼、本当ムカつくなぁ。キセキだかなんだが知らないけど、あたしの祥ちゃんを簡単に切り捨てやがって。ああ、ホント腹が立つ。
「祥ちゃん……迎えに来たよ」
ーーもういいんだよ祥ちゃん。
いつものように自分を甘やかすように優しく話す少女の言葉の裏に気付いた灰崎は、ホッとしたように肩の力を抜いた。
少女はそのまま灰崎の手首を掴むと赤司を憎悪のこもった目で睨みつけた。
まさか睨まれるとは思わなかった赤司は一瞬驚いたように目を丸くするが直ぐに目を眇めた。
辺りがまたピンと張り詰める。
見えない火花を散らし始める少女と赤司を固唾を飲んで見守るキセキを含むバスケ部員たち。
「今日限りで灰崎祥吾はバスケ部をやめさせてもらいます。監督にはちゃーんと承諾を得たし、そっちもついさっき祥ちゃんに退部通告したんだから構わないわよね?」
「凛!?」
「祥ちゃんは黙ってて」
少女は声を上げる灰崎を歯毛にもかけずに一蹴する。
ピシャリと言われた灰崎はヒュッと言葉を詰まらせて大人しくなる。
そんな灰崎の様子に普段の彼を知ってる面々はただ目を見開いて驚くばかり。
「ああ、構わないよ」
「あっそ……ああ、言っとくけどあんた達が祥ちゃんにした仕打ち、私は絶対に許さないから。祥ちゃんを退部させてまで守ったその絆、続くといいわね。もっとも長くは保たないだろうけど……」
ゆるりと口角を上げてキセキを嘲笑った少女は困惑する灰崎を連れて去っていった。
残されたのは唖然とするバスケ部員と、不快な想いを抱いたキセキたち。
そして彼女の言葉に一抹の不安を抱く黒子だった。
そのまま少女に手を引かれて体育館を後にした灰崎は、無言で前を歩く彼女にようやく声をかけた。
「おい…おい凛…っ!」
だが返事をせずに歩みを止めない少女の様子に、これはもう何を言っても無駄だと長年の付き合いから察した灰崎は、仕方なく目の前の少女についていくことにした。
二人は屋上にたどり着く。
すると少女は灰崎の身体を壁に押し付けて彼の顔の横に手をついた。
これ……普通、逆じゃね?
なんて灰崎が内心頬を引きつらせてるのを他所に少女はクシャリと顔を歪めて泣きそうな顔になる。
「祥ちゃんのバカ」
「……凛」
「祥ちゃん、あいつの言う通りに素直に辞めようとしたでしょ」
「…………」
「バカ、バカ、バカ! なんで祥ちゃんは…っ!」
「……悪リィ」
「っ……ほんとっ、バカなんだから」
少女は灰崎にぎゅっと抱きついた。
「本当はバスケ好きなくせに」
「……ああ」
「本当はバスケ部だってやめたくなかったくせに」
「……ああ」
「本当バカなんだから…!」
「っ、」
自分を理解してくる唯一の存在に今まで我慢していた何かが溢れて鼻がツーンとする。
彼女の腕に包まれながら頬を伝う涙が止まることはなかった。
自分を愛してくれる彼女だけが灰崎にとって唯一の救いだった。
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