暴力と傷と温もりと。
※暴力・流血表現あり。
暗い静かな部屋の中から聞こえてくる、小さな小さな呻き声。
幼い子どもがたった一人、部屋の真ん中で床に倒れるように蹲っていた。
その身体からは絶えず、赤い液体がドロドロと溢れ出ており、すでにその周りには真っ赤な水たまりが出来ていた。
「がっ…、あ゛あ゛っ…」
大量の汗をびっしりと額に浮かび上がらせ、苦しみ、もがきながら子どもーーうずまきナルトは、噛み締めた歯の隙間から獣のような唸り声を上げた。
痛い。痛い。痛い。
熱い。苦しい。誰か助けて。
パックリと開いた傷口から温かい血が止めどなく流れているのが分かる。
流れ出る血を止めたくても自分にはどうすることもできない。
ーー誰も、助けてはくれない。
気付いた時には、すでに周りに味方はなく、何故か会う人、会う人、全ての人間から嫌われ、恨まれ、憎まれてきた。
いつも自分を見下ろす彼らの目には、轟々と憎悪の炎が燃上がっていた。
その目が雄弁に語るのだ。
お前なんかさっさと死んでしまえ、と。
まだ幼い子どもには分からなかった。
どうして自分はひとりぼっちなのか。
どうして自分はこんなにも憎まれてるのか。
どうしてこんな目に遭わなければいけないのか。
子供に分かるのは、何故かこの部屋に閉じ込められてるという事と、彼等が自分を通して何かを見ているという事。
その彼等が時折、憎々しげにもらす『化け狐』という言葉。
そして自分の身体が何度傷つけられようと何故か直ぐに塞がってしまうという事だけだった。
そのため子供はどんなに傷つけられても死ぬことはなかった。
もっとも彼等からしてみれば、この事実はいやいやしい事なのだろう。
何故死なないのだ、と吐き捨てる言葉を何度も子どもは耳にしたのだから。
もう何度目か分からない。
確かなのは、数えるのも嫌になるくらい、こうして傷つくのが日常と化してしまったということだけ。
嫌でも痛みには慣れてしまったけれど、それでもこの身体が傷つく度に、確実に子どもの中の何かが、すり減っていった。
例えばそれは、もしかしたらいつか誰かが自分をここから救い出してくれるかもしれないという希望や、あの冷めたい眼差しがいつかは優しくなってくれるかもしれないという期待。
そして同時に、気付かないうちに少しずつ何かが、子どもの中に降り積もっていった。
それは、自分以外の全ての人間への憎悪や、自分を傷つける醜い人間への嫌悪に誰も助けてくれないという絶望。そして、決して誰も「うずまきナルト」という人間を見てくれないという孤独。
積もり積もったその感情は、無垢な幼子の心を着々と蝕んでいた。
ーーああ、温かい。
あんなに苦しかった痛みがどんどん引いていき、傷が塞がり始めたようだと気付く。
子どもは、傷が塞がる度に自分を包むこの温かい時間が好きだった。
この僅かな時間だけが嫌なことを全て忘れさせてくれるから。
子どもにとってこの温もりは、いつも自分の命を繋ぎ止めてくれる、たった一人の味方だった。
こんな仕打ちを受けても耐えてこられたのは、この温もりのおかげ。
だから幼子は傷が塞がる度、まるで神に祈るように感謝を捧げる。
「(ありが、とう)」
今日もまた感謝の言葉を心の中で呟くと、ホッとしたように子どもは意識を手放した。