傷を負った金色の狐と出逢う
※暴力表現あり。
母親たちは、子供たちが元気よく遊んでいる姿を微笑ましそうに眺めていたが、ふと視界の隅にあるものが目に入り、彼女たちは揃って穏やかな雰囲気を一変させる。
冷たい眼差しだなんてものじゃない。憎しみを一心に込めたような眼差しだった。
「ほら、あの子……」
「やだ。なんで此処にいるのよ」
「顔も見たくないっていうのに」
楽しそうに遊ぶ我が子たちとは遠く離れたブランコに乗る、自分の子と同じ年頃のまだ幼い子どもに、彼女たちは辛辣な言葉を囁く。
生ぬるい殺意とともにぶつけられた言葉。
聞こえていないとでも思ってるのだろうか? その子どもーーうずまきナルトの耳にはちゃんと届いているというのに。
「(聞こえてるっつーの。くそババア)」
ブランコから乱暴に飛び降りるとナルトは彼女たちをギロリと鋭く睨みつけた。
睨みつけられた彼女たちは聞こえていたことに驚いて目を見開くと、慌てて一斉に顔をそらした。
そんな彼女たちの反応にナルトは一人イラつきながら、さっさと公園を去っていく。
けれども公園を離れたことをすぐに後悔する。
自宅に帰る途中、ナルトは忍びではない里の人間たちに呼び止められた。
これから始まることを嫌という程、知っているナルトは彼らに気づかれないように一瞬顔を歪める。
「お前のせいで妻はっ」
「この化け狐!」
「お前がっ、お前が生きてるからっ」
路地裏では、大の大人たちが小さな子どもを囲い、殴る蹴るの暴行を加えていた。
しかし誰もその異常な光景に疑問を抱いていないようだった。それは暴行されているナルトでさえ。
身体を抱えながら早く終われ、とナルトは抵抗することなくただ黙って耐えていた。
それが面白くないのだろう。呻き声一つ漏らさないナルトに男たちは苛立ちの声をあげる。
「ちっ。さすが化けもんだな。声すらあげないとは」
「なら、これ使おうぜ」
「おーおー、お前いいもん持ってんじゃねーか!」
男たちの楽しそうな様子にナルトは嫌な予感がして、ちらりと彼らを盗み見る。予感は的中。なんと彼らの内の一人が折りたたみ式のサバイバルナイフを持っていたのだ。
「(なんで忍びでもねー奴があんなもん持ってんだよ。あー最悪。血ぃ流すと後が面倒だってのに……)」
だがナルトは特に動揺を見せず、ただ終わった後のことを思ってダルそうに目を瞑る。
しかしここで予想外なことが起こる。
「ねえ、おじさん達。何してるの?」
突如、この場に不釣り合いな幼い子どもの甲高い声がその場の人間の耳に届く。男達が慌てて振り返るとそこにはクリクリとした黒いお目めの可愛らしい子どもが不思議そうに立っていた。
「ん? ああ、なんでもないよお嬢ちゃん」
膝を折り、その子どもと目線を合わせた男は猫なで声で子どもに説明する。
男の言葉に訝しそうに薄っすらと目を細めた子どもは、彼らの足元に蹲る男の子を見つける。ボロボロの男の子を見て、彼らが何をしていたのか悟った子どもは大人たちをキッと睨みつけた。
「どんな理由があっても大人が、しかも複数で子どもをいじめていい理由なんてないよね?」
「いやっ、これは違うんだよ!」
「そうそう。こいつが悪さしたから、おじさん達がこいつを躾けてただけさ」
慌てて子どもを丸め込もうとするが見苦しい言い訳でしかない。
「なら、もう十分でしょ。その子だってもう反省したはず」
「いや、まだだ! まだっ、」
「おい、もうやめようぜ。お嬢ちゃんが見てるんだ」
「ちっ。なら、そいつを追い払ってでもーー」
「っま、まて! この子の服、見てみろ」
「あ? そんなのどうでもーー」
「ーーーーうちはだ!」
「なに?」
「この家紋は確かにうちはだ……おい、どうするよ。うちはに出てこられたら不味いぞ」
「ちっ……もういいっ。行くぞ」
「あ、ああ」
「そ、そうだな」
そそくさと慌てたように去っていく男たちを子どもは冷めた目で見送る。
残されたのは最後まで女の子だと間違えられた子どもーーサスケと地面に蹲った男の子の二人だけとなった。
地面に蹲ったままの自分と同じ年頃と思われる男の子に急いで駆け寄る。
「ねえ、君、大丈夫?」
かけられた言葉に悪意も害意もなくてただ純粋に心配しての言葉にほんの少し動揺したナルトは、それを隠すようにぶっきらぼうに返答する。
「……大丈夫に見えるか?」
「ごめん。愚問だったね」
申し訳無さそうな声につられて顔を上げるとキラリと輝く真っ黒な瞳と合った。
「っ」
穢れのない瞳にナルトは無意識に息を呑む。今まで関わってきた人間が碌でもないものばかりだったからだろう。目の前の人間が一層綺麗に見えた。
だからこそ自分のような存在との違いに目の前にいる人間との間に大きな隔たりを感じた。住む世界が違う人間なのだと。
羞恥心と羨望と少しの嫉妬。
だから気がつくと自分へと伸ばされた手を反射的に払ってしまった。
ーーーーパシッ。
という音とともにサスケの小さな白い手が弾かれた。
「っ……触るな」
ナルトは手負いの獣のように威嚇してきたことにサスケは目を見開き驚くがそれも一瞬の出来事で、次の瞬間には目元を和らげ慈愛に満ちた眼差しをナルトに向けた。
そして向けられた方のナルトはというと内心動揺しまくりで。
「大丈夫。もう怖くないよ」
優しい声が降ってきたと同時に頭の上に温かい何かが置かれた。
それが目の前の人間の手なのだと理解をするのにナルトはしばらくかかった。
気がつくと先ほど負った傷の痛みが全くなくなっていた。
「……なにをした」
「ん? 傷の手当!」
そう言って太陽のように笑った君にオレは生まれて初めて救われたんだ。