¨仕事で今日会えなくなった、悪ぃ¨
仕事の合間に取った電話はそれだけ告げて俺の返事を聞く間もなく切れた。
ようやく会えると待って3週間。その間静ちゃんはせっせと働いていたようだが今日会えるって思って我慢していたのに。今までの俺の我慢ってなんなの?ああ、イライラするな。あの化け物は俺が大人しく我慢するとでも思っているの?社会人なんだから、仕事は義務だけどそれで恋人をないがしろにするのはどうなのさ。こんなの付き合ってなくてもいいじゃないか。本当イライラする。仕事をしていた手を止めて俺は机に突っ伏した。
「いい加減構わないと浮気するよ……」
弱気にボソッと呟いた一言は誰もいないこの部屋で反響し俺の耳に届く。なんか余計虚しくなったかも。
この日の為に仕事は全て片付けてしまった。そのためやることなんてなにもない。
「ほんとどうしよう」
俺はそのまま考え込んだけど答えは見つからないままで、気付いたら寝ていた。
ハッと目を覚ませば、映るのは白い天井。確かめて見ればここは俺のベッドで。でも、最後に見た景色は仕事場から見える書類たちのはず。なのに、なんで俺はここに居るんだ?無意識のうちに自分でここまで来たのか?……、そうかもしれないな。机じゃ寝心地が悪いし。自分でそう納得した瞬間、部屋の扉が開いた。
(え、誰……?)
俺は勝手に開く扉に対して恐怖心を抱いたが、好奇心には勝てず扉を見続けた。
「臨也、手前ぇあんなとこで寝てたら風邪引くだろうが」
そこにはさっき電話でデートを断られた愛しい人の姿があった。
「え?なんで静ちゃんがここに……?へ……?」
居るはずのない恋人の姿に俺の頭は混乱している。確かに今日のデートは断られたはずだ。……なのになんで?
「思ったより早めに仕事終わったから来たんだよ。そしたら手前は机に突っ伏して寝てるしよ」
「それなら電話してくれればいいじゃん!」
「……電話する時間さえ惜しかったんだよ。手前に早く会いたくてよぉ」
なんてことを言うんだこの怪物は。こんな口説き文句サラッと言いやがって。たぶん、いや絶対俺の顔赤くなってる。
「あっそ……」
赤い顔に気付かれたくなく、素っ気ない返事をしてしまう。
「んだよ、その素っ気ない返事は?」
「なんでもいいじゃん!こっち来ないでよ」
俺の傍に寄ろうとする静ちゃんに待ったをかけた。今来られたら絶対この赤い顔についてからかわれる。そんなの恥ずかしい、静ちゃんに恥をかかせられるなんて屈辱すぎる。
「そーいや、臨也くんよぉ?」
俺に来るなと言われムッとした表情をしたあとに、ニヤリッとした表情に切り替わる。この表情に恐怖を覚えた。
「なにさ、静ちゃん?」
「手前、さっき寝てる最中俺の名前何回も呼んでたぞ」
「!」
「そんなに俺に会いたかったのか、臨也くんよぉ?」
さっきの比じゃないほど俺の顔は真っ赤に染まっただろう。なにそれ恥ずかしすぎる。確かにここ3週間、静ちゃんに会えなくて寂しい思いをしていたのは事実だが、寝ているときまで静ちゃんを求めていたなんて……!
「顔、真っ赤に染め上げてどうしたよ?」
こういう時の静ちゃんはしつこい、粘着すぎる。普段いじめるはずの俺が何故かいじめられる側にいる。
「なん、でもない」
「なんでもないのに、手前は顔赤くすんのかよ?困ったやつだなぁ」
「……粘着すぎるんだよ。別に俺が顔を赤くしようが静ちゃんには関係ないはずだろ」
「はぁ?十分関係あんだろうが。俺以外のやつが臨也の顔を赤くしたならそいつぶっ殺す」
独占欲だけでなんて物騒なこと言っているんだが。……なんて思うけど嬉しい自分が居る。悔しい。さっきからなんでこの怪物は甘い睦言しか言わないんだよ。これはほんとに静ちゃんなの?
「そーいや、寝てる最中にキスしちまった」
「……っ!」
静ちゃんはニヤニヤしながら俺を見ている。
「あまりにも可愛かったから、つい」
「……勝手にするなんて卑怯じゃないの?」
「勝手にしなきゃ、いいのか?」
「……っそういう訳じゃない」
「なんならいいんだよ?……めんどくせぇ」
そう言った静ちゃんは俺に近づいて来て、馬乗りになった。
「え、ちょっ!何!?」
「何ってナニだろ?」
そう言った静ちゃんの顔はとても悪どい顔だった。そして、そのまま喰われたのも言わなくても察してほしい。
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