病、あるいは



「待ってました!」

ハッシュが医務室に入ると、そこには軍医と一人の少女がいた。
どこかよそよそしい態度をとる軍医はその身なりからアーブラウ所属なのだとわかる。少女はハッシュ同様、予備隊の団服を纏っていたので「はぁ」と反応を示しておく。

「私は鉄華団地球支部で事務を担当してます、風子・イスキエルドと申します。見るからに怪我をなさっているあなた、ハッシュ・ミディさん!手当てしますのでどうぞ!」

明朗快活といった調子の少女に圧倒されながら、ハッシュは案内された椅子に腰かけた。
どうやら、手当てというやつはアーブラウの軍医ではなく事務担当と名乗った彼女が行うようだった。
てきぱきとハッシュの傷を消毒しガーゼを当てる姿は妙に慣れている。それもそうか、と納得した。地球支部の少年たちは長いこと戦争をしていたらしい情報はパイロットとしてハッシュも把握していた。
彼女のような、“普通”に見える少女が応急処置を身につけるには十分すぎる材料がたくさんあったに違いない。
地球支部で命を落とした少年たちの名前をデータで閲覧した時、何とも言えない気持ちを覚えたのは記憶に新しい。

「…ありがとうございます」
「いいえいいえ」

使用したものをこれまたてきぱき片付けると、少女は軍医に礼を言った。ハッシュもそれに倣う。少しばかり態度に柔らかさが見えたところで、二名は足早に医務室を後にした。

「あの、ありがとうございました。風子…さん…?」
「呼び捨てで結構です、ハッシュさん!」
「…それならあんたも」
「やった!わかりました!」
「やったって…」

医務室での顔とは違い、妙にテンションの上がった明るさでもって持っているタブレットを抱き締めている。
それにしても小さいなと思いつつ、ハッシュは口を開いた。

「お前さ、なんかさっきまでと雰囲気が…」
「彼らの前ではきっちりしていないといけないので!」
「だからってそんなにわかりやすくていいのかよ…」

随分ざっくりとした理由にハッシュはつい頭を抱える。しかし風子は特に気にした風でもなく、タブレットをいじっていた。

「彼らは火星の人々を平等に扱いません」
「は…?」
「ガキだなんだと何かにつけてはバカにします。なので、私は教えてやることにしたんです。あなたたちも同じ“人”であると」

ハッシュは何となく察しがついた。
今回の騒動には、鉄華団地球支部の経理や事務を担当していた男の行動に原因の一端があったのだという。彼女の自己紹介を聞いたときにほんの少し感じた違和感の正体を、今理解した。
“同じ事務をしていたはずの彼女が何故無事なのか”。
しかし彼女の日頃の行いと人柄を鉄華団の幹部組と呼ばれる彼らが知っていたなら、処分など当てはまるはずがない。

「…でも、結局それは上手くいきませんでした。なので私がここにいる間は教えて続けてやるんです。“貶めていた子たちがアーブラウのために命を落としたこと”を」

少女はハッシュの想像に反し、強かであるようだった。

「あんた、事務だって言ってたよな。知らなかったのか」
「はい。なんだかんだ、ラディーチェさんには邪魔物扱いされてて。チャドさんが怪我をしてから、タカキくんたちの側にいるよう支部を追い出されてしまいましたから。そりゃ、お門違いでも異種返しのひとつでもしてやりたくなります」
「もっと穏やかなやつだと思ってた」
「意外ですか?」
「だいぶ」

ハッシュは素直に頷いた。いつの間にかハイテンションの“風子”という少女の顔は消えている。代わりに、冷静な口調で、遠い目をして、淡々と語っていた。

「だってあんた、地球人なんだr、うお?!!!」

少女は人差し指を立て、ハッシュの顎を下から突き上げた。
避けるために転びかけた彼へ向けて叫ぶ。

「アウト!」
「なにが?!」
「それです」
「どれだよ?!」
「人を“分ける”言い方です!」

ハッシュは彼女の主張にぱちくりと瞳を丸めた。

「私は確かに地球生まれの地球育ちです。でも、あなたたちと何もかわらない。同じ地球人でも、貧乏だの学が足りないだのと散々バカにされてきました。就職先もなくて、ご飯を買うお金もなくて、親も働かなくて。でも弟たちも私もお腹は空くんです」

立てていた人差し指を握り込むと、風子はうんと寂しげに告げる。
最後の辺りは無意識というか、ぼそぼそとした言葉だったが、ハッシュの耳にはしっかり届いていた。
よく見なくても、彼女の格好に女らしさなど欠片もなかった。“あるものを着ている”。まさにそんな感じ。今更ながらどうして少女だとわかったのか自分でも不思議だった。
出会い頭の印象が強かったために気が付かなかったが、きっとそれが、曰く“バカにされないため”に身につけた彼女の強みなのだろう。

「…ね?結局、人種なんて関係ないんです」

皮肉げに首を傾げ、自虐的に笑う。きっとそちらが素なのだろうとハッシュが直感のまま思っている間に、風子の調子は戻ってしまっていた。

「ところでハッシュ!」
「な、なんだよ」
「もうすぐご飯の時間です!」
「は?…ああ、まぁ、確かに」
「食べに行きましょう!」
「えっ、お前とか?」
「お嫌ですか?」
「別に…嫌なワケじゃねえけど…」

「じゃあ決まりですね!」と満面の笑みで親指を立てる。

「ご飯を食べながらでも、次はハッシュのことを教えてください!」
「何をだよ。風子が勝手に喋ったんだろ」
「そんなつれないこと言わないでくださいよー」
「つれねーもなんも、さっき初めて会ったばっかりじゃねえか」
「ハッシュはそーゆー意地クソ悪いことを言うんですね、わかりましたもういいです」
「わかったわかった」

ぷう、と風船のように頬を膨らませる。彼女はそのままジト目でハッシュを見上げた。
まるで子供だな、なんて内心で感想を溢しつつ、その膨らんだ両頬を潰すように手で挟むと、ぷす、と空気が漏れでる音がした。
ハッシュがその可笑しさに吹き出すと、風子の顔が茹で蛸のように真っ赤になった。ムキになりそのままの状態で話し出すものだから、ほとんどの音が濁ってしまい言葉として成立しない。

「ひっちひちのじゅーりょくしゃいおてぉめにはじゅかひいおほいひゃへてらのひいでひゅか!!」
「何言ってるかわかんねーな、もーいっぺん言ってみろよ」
「ひっちひちのじゅーりょくs」
「ホントに言わなくて良いから」

少し騒がしい気もした。けれど、本当ならこれくらいが調度良いのかもしれない。いやだとは感じないのだから、きっとそういうことなのだろう。
なんとなく、胸の辺りがズキズキと痛み、ハッシュはワケがわからず溜め息を吐いた。
少女が解放を訴えている。離してやるも現状はハッシュ次第。そう考えるとことさら痛みが強くなった気がした。
その隙間に縫うように顔を出す満足感に気がつかないまま。



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