夢物語 | ナノ




ユメモノガタリ柳生視点



※精神錯乱
※グロテスク・異常嗜好表現有
※救いがありません
※気持ち的にR-18
※閲覧は自己責任 気分が悪くなったらすぐにやめてください
※読後の苦情は受け付けません


















































 分厚い壁と重い扉の向こう側。
 かつて愛した人が、かわり果てた姿でそこにいるらしい。
 一体何を間違えてしまったのか。悪いのは私だったのか、それとも彼か。それはきっと誰にも分からない。
 いるかどうか知らない神様さえ、きっと分からないのだ。










 あなたは子どもが産めないでしょう。
 だから私は、子どもが産める人と結婚をするんです。
 お別れしましょう、仁王君。

 そう告げた瞬間、彼は絶望に打ちひしがられた顔をしていた。
 嘘でしょう、と。
 信じられない、と。
 嘘でも、冗談でも、詐欺でも悪夢でもなんでもない。ずっと考えていたことだ。彼は、目の前にある幸せに酔っていただけ。現実から目を背け続けていただけ。
 私が彼を好きなのは、愛していたのは本当。けれどその先に何があるというのだろう。
 私は男で、彼もまた男性。日本にいる限り同性同士での結婚は許されない。
 たとえ海外に逃げてそこで籍を入れたとしても、どう頑張っても二人の間に新しい命が創られることはない。
 もう私は、彼と出逢って恋をした中学生の頃の柳生比呂士ではない。
 年を取るにつれて、身体を重ねるたびに虚しさを覚えるようになった。
 彼とのセックスは気持ちいい。けれど、それ以外に何もない。シーツに残る白濁が、行き場を失くした遺伝子の塊が、生命体になることなく処分されていく。もっと真っ当な恋愛をしていたなら、もしかしたらこの世に生まれることもできたのかもしれないのに。なのに私は、一時の快楽のためだけに幾千幾万もの命未満なそれをくずかごに捨てる。
 それはとてもかなしいことだった。

 親から頻繁に見合いの話題が持ち上がるようになったのもちょうどこの頃だ。
 私は、自分の未来も彼の未来も潰したくなかった。だから私は彼の手を離そうと思った。
 彼はとても扱いにくいけれど、根はまっすぐで純粋だ。きっと幸せな家庭を築けるはず。
 ですから、さようなら、仁王君。

 はじめて座った見合いの席で出逢った彼女と交際することを決めると、親はとても喜んだ。心優しくて芯の強い女性だった。そして、知らないふりをするのがとても上手いひとだった。私に心から愛した人がいることに気付いていて、あえてそれに触れないでいてくれるひとだった。
 彼女ならきっと、忘れさせてはくれないけれど、忘れてなどやるものかと思っている私の隣にいてくれると思ったのだ。
 きっと私はしあわせになれる。
 だから仁王君、あなたもきちんとした幸福を手に入れてください。










 結婚のために忙しくしていた時期のことだ。
 近所で奇怪な連続殺人事件が起こると騒がれるようになった。
 というのも、今までの被害者はすべてが五歳以下の子どもばかりらしい。
 しかしそれだけではないのだ。
 見つかった遺体は、どうにも“人間の形をしていない”らしい。バラバラ殺人とはまた違った類のものであるようで、見つかった遺体は必ず身体のどこかが“千切られたようになくなっている”のだと。身体のどの部分がなくなっているのかは毎回違っていた。
 親は子どもを家から出さなくなり、幼稚園、保育園は軒並み閉鎖した。夜、街中を見回る警察官が増えた。それでも事件は終息する気配をまるで見せず、犯人もまた捕まらなかった。





 そこから先のことは、本当は思い出したくもない。けれど忘れもしない。
 あれは、ひどい大雨が降っていた日のことだ。仕事を早く終えた私は、これといって予定もなかったので一人自宅で読書をしていた。するとふいにドアチャイムが鳴った。
 こんな遅くに誰だろう。しかもこの物騒な時に。不審に思いながらインターホンを取った。
 そこに映ったのは、


「仁王君――?」


 一方的に突き放したかつての私の恋人。
 俯いていて表情はよく見えないが、その独特の色をした髪は間違いなく彼の持つものだった。
 あの日から一度も彼と連絡は取っていない。届いたメールは読まずに削除したし、電話着信も拒否をした。最終的には電話番号もメールアドレスもすべて変えた。
 ただ私も情けなのか馬鹿であるのか、引っ越しだけはせずにいたのだ。彼はその実とても臆病であったから、家に訪ねてくる勇気など持ち得ていないだろうと。
 それに、いつかお互い別の幸せを手に入れたら、また友人に戻れたらいいとどこかで思っていたのだ。
 別れを告げてから約十ヶ月の時が経った。何を考えて彼がここに来たのかは分からないが、そろそろ落ち着いて話もできる頃だと思った。

 だから、うっかり、扉を開けてしまった。



 息が、詰まった。



「……やぎゅう?」



 玄関先にいた彼は、全身が血まみれだった。



「…………な、に、して、」
「なぁ、やぎゅう……よろこんで?」



 彼の顔は、特に口元は、他の場所とは比べ物にならないほどに真っ赤に染まり。





「いま、おれのおなかにな、こども、おるんよ……?」





 そして私は、事件の全貌を、知った。










 彼の身体を、全力で突き飛ばす。
 扉をぴしゃりと閉めて、素早く鍵とドアチェーンを掛けた。どんどんどん、とドアを叩く音が聞こえる。彼の必死の叫びが辛くて、私はあるだけの力を使って耳を塞いだ。
 怖い、怖い、怖いコワイこわい!
 ああどうして、どうして彼は狂ってしまったのだろう。
 彼を狂わせたのは私? 私が言葉を間違えたから?
 ねえ、どこからおかしくなってしまったのですか。どこから歯車が噛み合わなくなってしまったのですか。
 教えてください、神様。いるかどうかすら分からない神様。



 それから何時間経ったのだろう。
 実際は数分、あるいは秒単位だったのかもしれない。ただ、私にとってはとてつもなく長い時間に思えた。
 ドアを叩く音と彼の声が消えて、ようやく日常が戻ってきたらしいことを悟った。
 彼を突き飛ばした手を洗う。けれど、どれだけ必死に洗っても生臭い血のニオイが残っている気がしてならなかった。
 扉の向こうに誰もいないことを確認して、私は外に出た。走って走って、車に乗り込む。誰でも良い、そばにいてほしかった。
 冷静さを完全に欠いた状態でただハンドルを握り、気が付いたら彼女の住むアパートにいた。
 お願い、お願い、そばにいて。
 何もしなくていいから傍にいてください。
 少し驚きながらも、玄関先であたたかく迎えてくれた彼女の身体を抱きしめた。とたんに涙があふれて止まらなくなった。状況を把握できないでいる彼女にただただ縋りついて泣いた。










 彼女のおかげでようやく落ち着きを取り戻した次の日、私は百十番を押した。










 その後すぐ彼女と籍を入れた。
 結婚式はとりやめた。
 彼女は何も言わなかった。知らないような素振りを決めこんでいるくせに、例の事件には今後一切触れようとしなかった。
 私でいいんですか、と聞いたことがある。彼女はただ微笑んで頷いて、「わたしが好きになったのはあなたの環境じゃなくて、あなただから」と言った。
 本当に聡い女性だった。










 あれから三年の時が過ぎた。
 私は心の中に残るなにかを吹っ切りたくて、彼の収容されている医療刑務所に足を運んだ。
 分厚い壁と重い扉の向こう側。
 かつて愛した人が、かわり果てた姿でそこにいるらしい。
 高校生の時だったか、彼が欲しいと言ったからはじめて挑戦したUFOキャッチャー。その時の景品をだいじにだいじに抱え、魂を宿していないはずの“その子”に毎日ミルクを与え、あやし、一緒に眠っているそうだ。



 ねえ、仁王君。
 あなたにとてもひどいお話をしてあげましょうか。

 街はもう、あなたの脅威に怯えることはありません。



 そしてこの春、今は私の妻となったあのひとが子どもを産んで、私は父親になりました。










******
母親になりたかった、そんな憐れな男の話。

2011.5.30.

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