塚ちと(テニス)
例えば彼岸花、菊、白と黒、深夜の病院、白檀の煙…。
それらは俺の中に埋もれた『死』を掘り起こす。
けれど、似ても似つかないお前の瞳がそこに繋がった。それがどんなに衝撃的だったか、お前は分からないだろう。冷たい手が心臓を掴んだ。それはきっとお前の仕業。
青々とした空と海を背景に、俺に笑いかけるお前から、透き通った手がはみ出て見える。
いつもの鉄下駄を脱いで、細い踝までを海水に浸して、お前から伸びた手はそんな色。
恐ろしいものを見た時人間の背は震える。命の危機を見た時、人間は反射的に動く。
俺は背を戦慄かせながら、千歳の手を掴んだ。
「どぎゃんしたと?」
微笑んで首を傾げて見せるお前。俺を映す瞳はこの空と同じ色味をしている癖に、何故そんなに暗い。
目を、逸らす。
入水自殺に見えた、などと言えるはずもない。
ひたり、ひたりと歩く。まるで水平線に立って来るのだというように、ジーンズが濡れることもお構いなしの足は、放っておけば夕陽と共に沈んでいきそうな気配がした。
冷や冷やする、とは、心臓を濡れた手で捕まえられることをいうのだ、きっと。水を掬うように、お前は俺の心臓を揺らす。俺はお前を掴まえる。
口蓋に張りついている舌も、震える手で掴んだ腕も外せないまま固まる俺に、千歳が笑いかける。
その瞬間、俺の心臓が強く生き始めた。
嘯スゆたう水母に恋をした
12.1/19
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