優雨(イナGO)






 仔猫が隣にいる。
 優一は一人の少年を見て、ぼんやりと思った。
 病院の少し高めのベッドの上、空の頂上から落ちる陽光を受けながら、真っ白なシーツにごろりと寝そべる太陽は、優一の手にじゃれついている。指の形を確かめるように撫でて、手の甲に連なる節に触れたり、偶に唇を押しつけたりする。微睡むような陽気の中、優一が噛み殺すのは微かな笑声だ。


「綺麗な手だね」

「ふふ。そうかい?」

「うん。白いし、指も細くて長いし。なんだっけ、ピアノ弾く人ってこんな手なんだよね?」

「うーん。ピアノは弾けないなあ…」

「そっか。似合いそうなのに残念」


 そう言っておどけた風にして笑うので、夕焼けの色をした髪まで踊り出した。ワルツでも弾いてやれればとても素敵だっただろう。


「弾ければよかったな」

「別にいいでしょ。ピアノくらい弾けなくても」


 先程は惜しんでみせた癖に。気まぐれだなあ、と優一はごちた。


「そういうトコもけっこう気に入ってくれてるでしょ?」


 してやったりを浮かべる口元はまるで猫のように歪んでいる。そのままの形で手の甲に落とされて、優一は殺しきれないものを零した。逆の腕が太陽を跨ぐ。

「そうだね。好きだよ、凄く…」

「っ!」


 眼下にある顔は、見る見るうちに少年自らの髪と同じ色味に染まっていく。頭自体が一つの太陽のようになったと、優一が笑うと、太陽は拗ねたように目をつり上げた。ますます猫に似る。


「可愛いなあ、太陽は」


 太陽の瞳は丸く丸くなった。そこに映るのは自分と、清潔な天井。優一はゆっくりとそこを埋め尽くして行く。


「えっ、あっ、ち、ちょっと…!」

「口、閉じて」

「わ……」


 堪えきれなくなった腕が、顔の前で交差した。なんて使えない盾だ。一番守らなくてはならない唇が隠せていない。
 優一はくすりと笑うと更に高度を下げる。空気の動きでそれがわかったのか、太陽の指先が跳ねた。
 ソコに、唇が落ちる。


「――え…?」


 柔らかな感触が灯った手を、太陽は恐る恐るといった風にほどいた。


「はは。さっきのお返しだよ」


 悪戯に言ったその台詞に、太陽は顔を逸らした。その顔が残念がっているように見えた、というのが優一の言い分だ。
 微かな笑声を零した唇は、少しだけ尖った唇に優しく重ねられた。





嚴e猫とワルツ





12.2/7





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