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ホウ徳 君の髪に花を挿す



己の物よりは幾らか水を蓄え、光を浴びて艶々と輝く髪に触れる。
俯いたままなので顔が見えないのが聊か不満ではあったが、風が程よく熱気を払い、短い草で覆われた丘を行き、眠気を誘う暖かな陽気に身を絆され過ごす時間がそれさえ掻き消した。

「戦が終われば、いくらでもそなたの傍に居よう」
「士たる者、嘘はいけないわ」

寂しげに、だが気丈に振舞う●●の言葉が胸を刺す。嘘のつもりはなかろうと、いつ嘘となるやもわからぬ場に身を投じ、口上ばかり優しくてはそう言われても仕様がない。

しかし、叶わぬものと●●が描き憂うそれと、某が口上で拙く連ねる絵空事は同じ物である。
寄り添いながら花を愛で、持て余す残りの命をいつまでも共に。
嘘になる言葉だとしても、願う心に偽りはない。それさえ●●には重荷だろうか、叶わぬ事象は枷だろうか。

庭で草木と戯れるのが好きな●●の、少しばかり日に焼けた顔が見たい。無性にとしか言いようがない衝動に突き動かされ、俯いたままの頬へ手を伸ばす。

「●●、泣いておられるのか」

手のひらを濡らす何かに、心臓が杭を打ち込まれたように痛む。冴えるような、引きつるような、今度は名づけ難い感覚に苛まれ眉を下げた。

力をこめて面を起こされると思っていたらしい●●が、一向に動かぬ手に己の手を添え地から空へを視線を移す。

「どうしてかしら」
「●●」
「どうしてかしら、ホウ徳」

だが望んだ顔は無く、赤黒いものに塗れたそれが某の眼を塗りつぶす。




「――な」

頭痛が止んだ後のような、脳髄の奥に晴らしようがない靄を抱えた感覚。瞬いてから、寝転んでいる場所が室の寝台であることに安堵した。
差し込む陽光は既にそれが天高くに昇っていることを示す。
身を起こし、ありもしない痛みの残滓に苛まれる頭を振るえば、幾分か靄が散ったような気がする。

「ホウ徳」

恋しさと忌まわしさが同時に沸いてなお、即座に振り向いてしまうのはやはり●●が恋しいからなのだろうか。
此方を怪訝に伺う●●の顔は、いつも通り少々日の光焼けた肌色で、血を零すのではなく血が通った唇で言葉を発する。

「●●、こちらへ来てもらえぬか」
「言われなくても行くけれど」

言葉通りしずしずと此方に寄ってきた体が、手に届く範囲まで近づいた所で腕を掴み引き寄せる。
無理に抱きこめば「苦しい」と文句を言われたが、今少しは我慢してくれと胸中にて呟き温い感触に細く息を吐いた。

視線を落とせば、夢となんら代わり無い髪が背を抱く腕に絡んでいる。

「こんなに大きな体をして、怖い夢でもみたの」
「恐ろしい夢と体の大きさは関係あるまい」
「そうかしら」

●●は居心地の良いように位置を整え、背に手を回し笑った。乱れた寝着から覗く胸に顎を預け、陽光を桶で汲み取って注いだような眼差しをして、続きを話す。

「ホウ徳の傍はこんなに落ち着くもの、それは大きな体にたくさん優しさを詰めてあるからだわ」
「その通りであるならば、恐ろしい夢など近寄らぬのであろうな」
「いやに悲観ね。おいで、慰めてあげる」

器用に体の隙間から腕を出した●●は、とんとん、と自分の唇を示す。
文句を言う前に、誘われたまま触れ合えば体の何処にも似つかない皮膚の感触が心地よい。

一度、二度、晴らし方などないかの様な顔の靄は蜘蛛の子を散らすように失せ、失せてもなお求める余り加減が無くなっていく触れ合いになんとか目処をつければ、ふつりと狭間で糸が切れた。

「某は子供ではない」
「自分に惚れた男なんて、皆子供よ」
「皆か」
「そんな難しい顔しなくたって、今はホウ徳だけよ」
「しかし――何れ某だけではなくなるだろう」
「いやに大胆ね、今日は」

僅かに血色がよくなった頬を隠したいのか、胸に顔を埋めてしまった●●の頭を撫でて、自身の口元を好きにさせれば弧を描いた。

ふと視界の端で泳いだ白に顔を向ける、名も知らぬ花が五つの花弁で飾った頭を擡げて凛としている。●●が育てているうちの、気に入った一輪だったか。
気がつけば、少々可哀想ではあるものの、茎からふつりと花を取り●●の髪に挿す。

頭に何かが乗せられた心地につられ、面を上げた●●はまだ冷めぬ頬をそのままに異物へ手を伸ばす。
泡を撫でるように繊細な指先は、触れただけでそれが何であるかを悟ったのか、また浅く焼けた肌に色を足してはにかんだ。






君の髪に花を挿す
(いつまでも、ただ愛でていられたら)











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