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鐘会 世界が滲んでいく

※元その他勢力(小国)の姫主




 何故だ。

 誰よりも、誰よりも努力をしてきたのに。

 幼い頃から勉学に励み、努力してきたのに。

 何故、

 何故、死ななければならない。

 まだ、何も……

 何も、手に入れていないのに

 まだ、


「鍾会殿……っ」


 まだ、お前にも……

 伝えられていないのに……




 鍾会こと、鍾士季は自分は選ばれた人間だと自負している。

 そんな彼が珍しく苦手だと断言する人間がいる。


「あ、鍾会殿。おはようございます」


 彼女の名は●●。

 戦によって滅ぼされた小国の君主にして姫であり、かなり前に世話役の女官とともにこの晋に保護された女性だ。

 最初こそ鍾会は礼儀があり、文学にも理解ある●●に多少の好感も抱いてはいたが、すぐさまそれを撤回し今ではその感情が微塵も感じられないほどになっている。


「またお前か。いつもいつも、よっぽど暇人なんだな」
「……」


 鍾会がそういうと●●はきょとんとした顔をし、とたんに笑顔になる。


「大丈夫です。やるべき仕事はもう終わらせましたから! 私が女官の方々に仕事を任せて遊んでいるのではないかと心配して下さったのでしょう?」
「……は?」


 毎回のことながら鍾会は絶句した。

 そう、鍾会は●●のこういうところが苦手だったのだ。

 初めて会ったときも、


「ああ、あなたが司馬昭殿がおっしゃっていた。私は鍾士季です」
「まあ! ではあなたが王元姫殿がおっしゃられていた鍾会殿なのですね」
「え、ええ、まあ」


 自身の悪口を言っていたあの王元姫のこと、きっと何か悪評でも言ったのだろう。

 そう予測した鍾会は少し顔をひきつらした。


「なんでも、英才教育というものをやっていらっしゃったとか
その英才教育とやらは一体どういうものなのです?
鍾会殿の武器もそれを使って浮かしていらっしゃるともお聞きいたしました
人も浮かせられるのでしょうか?」
「……は?」


 目を輝かせてそう訪ねられ、今までにない反応を見た鍾会は●●の言葉を理解するのに少々時間がかかった。

 ……まあ、これだけならまだ苦手にはならなかっただろう。

 ●●がやってきてから初めて戦があったときのことだ。


「●●殿。今回の戦にはあなたも出られるとお聞きしたのですが……?」
「……はい。そのつもりですが」
「失礼ですが、あなたのような戦いも知らない世間知らずの姫が戦に出ても足手まといなだけですよ」
「……」


 先に言っておくが、鍾士季は非常に素直ではないうえに傲慢な態度を無意識に行う男である。

 実際、鍾会的には【あなたのように優しい人間は戦場に来ない方がいい】とでも言っているつもりなのである。

 大体の人間はこの言葉をそのままの意味でとらえ怒るか傷つくだろう。

 しかし、


「……鍾会殿は、お優しいのですね」
「!?」


 ●●は違った。


「確かに、私はまだ人を殺したことはありませんし、恐怖も感じます
ですが、滅ぼされたとはいえ私は一国の主です
この国には保護していただいた自国の民もおりますし、晋にはたくさんの恩がありますから」


 ●●は天然な性格でありながら人の感情にはかなり鋭い女である。

 鍾会はこのときから彼女に対する認識を変え始めた。

 いつも見透かされ、自分を優しい人と認識する彼女には、調子を狂わされるうえ、どう対応すればいいのか鍾会にはわからなかった。

 ゆえに彼は彼女を苦手と断言したのだ。

 しかし●●は鍾会を慕っているのか、毎回のように彼のもとに会いに行き、必然的に鍾会は彼女を気づけば目で追うようになった。

 苦手な女。だが、なぜか気になる女。

 鍾会はある意味バカだが、頭はいいうえ、鈍いわけでもない。自身が●●に抱いている感情に気づかないわけがない。

 だが前述したとおり、鍾会は非常に素直ではない。自身の想いをそう簡単には伝えられずにいた。




「……鍾会殿っ」
「、」


 自身の野望のため、姜維とともに反乱を起こした鍾会は、司馬昭や劉禅たちの手によって敗北した。

 司馬昭たちは、色々とまだ他にやることがあったのだろう。この場から去り、●●だけが残っていた。

 彼女は鍾会の側によると膝をつき、ただただその名を小さく呟く。

 消えいきそうな意識の中、鍾会は彼女の声に薄く目を開けた。


「……●●……」
「! 鍾会殿!!」
「……きだ……、」
「っ」


 鍾会のその言葉が聞こえたのだろう、●●は目を見開いた。

 そんな彼女の姿を見て、少し顔を緩ませた鍾会は、そのまま息をひきとった。



 気づいていた。

 自分の気持ちに。

 彼の気持ちに。

 それなのに、何も行動を起こさなかった。

 自分は自国を復興させ、民を守る義務があると。

 そんなことばかりを理由にして、彼と自分の気持ちから顔をそむけ逃げていた。

 だから、



「お前は……私ほどではないが、頭もいい。私たちと一緒に来てもいいんだぞ」
「鍾会殿……私は……、

……いいえ。以前にも、申したことがありますが、私には自国を復興させ、民を守る義務が、あります
ゆえに、あなたとともに行くことは、民を裏切ることと同然のこと……、できません」
「……そ、そうか。わ、私の誘いを断ったことを、後で後悔しても、知らないぞ……!」
「ふふ……そうですね」



 あのときも自分は鍾会殿の誘いを断ったのだ。


「鍾会、殿……」


 名を呼んでも彼は答えない。

 あのとき、

 もしもあのとき、自分が彼の手をとっていたのなら……。

 もう、遅いのに。

 何もかも手遅れなのに。


「……好きだ……、」



 自分にそう言って息をひきとった彼。


「……ずるいです、」


 思わず口に出た。

 自分の返事も聞かずに逝くなんて、言い逃げだ。

 そのうえ、いつもは「お前」や「●●殿」と呼んでいたのに、彼は自分の名を呼び捨てで呼んでいた。


「……士季殿、私もっ
私も、あなたを恋慕っておりました……!」


 頬が濡れ、地面に雫が落ちた。







深瀬桜鬼様、素敵な作品を誠にありがとうございました!


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