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呂布 初めまして、今後愛する我が君よ



呂布という男に出会って直ぐに交わしたのは、視線でも言葉でも心でもなく。携えた武器に轟々と伝わる痺れだった。その心地よさたるや、もしやこの痺れで天に上るのではないかと危惧するほどに良く、悦と呼んで差支えがないもの。

数多の兵を事も無げに振り払う、眼中にあるのは常に何人立たぬ地平のみと定めたような姿。
一騎当千の兵が居る、敗戦に怯え先が見えなくなった君主に覚束ない指先で斥候を命じられた先で、よもやこのような快い誉れを得られるとは。

ふらりと振り返るその兵、人中にあり。

「雑魚ばかりで飽いてきたところだ」

曇天に齎された影すら切り落としたように輝く刃、言葉を聞いたのは咄嗟にそれを受け止めてからだった。
背筋は甘く、口腔は乾き、眼は見ぬことを忘れ呂布を捕らえる。

「ほう、俺の一太刀を止めたか。雑魚にしてはなかなか骨のある奴だ」
「貴君にお褒めいただけるとは、光栄の至り」

口を曲げた呂布と、眼前で交わした言葉はそれで終わる。触れ合う刃が閃光を発すれば間合いが開き次の一合へ。
ただ悪戯に繰り返される一瞬の削りあいが、永らえるよりも喜ばしかった。

そして遊びに興じて時間を忘れ、徐に膝をつく頃。空を覆う鈍色の雲に混じり流れる煙は本陣の方角から、絶え間なく続く一筋に虚しさを覚える事はなく、全身のそこかしこを伝う汗に伴う疲労と、胸中に一粒沸いた充足感だけを理解していた。

己が性をひけらかさずとも、体が描く曲線が、発するたび高い声が私の武を邪魔した。故、切りあう前に侮られ、侮る阿呆を見逃しもせず、満足に心から戦うことが出来たためしなど無かったが。

もはや軋むばかりの首を動かし、生まれ持った高みから此方を見下ろす呂布を仰ぐ。

「貴君と戦い、初めて戦いらしい戦いが出来た」
「……」

僅かに、呂布の表情が変わった気がしたが、霞がかった視界では定かでない。
だが私は笑っている、首にひたりと触れる刃が死神のそれだとして、悔いなどなにもなく、寧ろ今、悔いが無くなったからこそ。

「名ばかりの主は死に、私もまた敗れた。なんの役にもたたぬ首ですが、どうぞ持ってゆかれよ」
「ふん、なら着いて来い。死ぬより、もっと強くなって俺を楽しませろ」

刃が首から離れ、代わりに胸倉を捕まれた私は軽々と放られた。滑る血が塞いでいたかすり傷が幾つか新たに鮮血を零し、私を受け止めた黒い愛馬は衝撃に嘶く。鞍に腹を打ち付け、遡る内容物を堪えながら咄嗟に手綱を引いて馬を御せば、先ほど聞いた満足げな鼻笑いが聞こえる。

「行くぞ」

次いでそう発した呂布は、私が居なおす間に馬を駆り行ってしまう。人が数多に転がる、陰惨とした戦場を常の道とでも言うかのように、堂々と過ぎていくその背がどうしようもなく神々しい。
彼の愛馬、馬中にあり。

「無茶な御人」

呆れて吐いた言葉はなんと愉快そうなことか。どれほど高揚しようが痛むばかりの体を動かし、駆って追いかける私もまた同じであると皮肉っている所為かもしれない。




弾ける生木が一筋の煙を吐き出し、風の流れに伴って洞穴の外へと消えていく。
董卓を裏切り根無し草となった呂布と、それに従う私を含めた一軍は長雨に道を塞がれ山中で暇を持て余す。

「こうしていると、昔の事を思い出します」
「かつてお前とこうしていたことなど、一度もないだろう」

ここを根城にしていた巨大な熊に腰掛けた呂布は、じっと煙行く先で降る雨を睨んでいる。

「ええ、だから今と同じような状況ではなく、初めてお会いしたときのことを」
「雑魚と戦ったことなど一々覚えておらん」
「でしょうね。でもその雑魚の中から貴方は私を拾い上げてくれた」

小枝で生木をつついて間を空け、乾いた枝の束を放り込む。段々と不安定だった炎の揺らめきが落ち着き、焚き火らしく丸くふわふわとした輪郭を描く。ひとまずそれに満足し、小枝も投げ込めば温もった指先に一瞬焦げるような熱さが触れる。

「精々俺の期待に応えることだな」
「勿論。でないと呂布殿に刃を交えて貰えなくなりますから」
「●●、お前はこの俺が認めた女だ」

二人共視線をくれてやった物から目を離し、顔を合わせる。
いつからか、視線を交えるとあの日のように轟々とした痺れが腹を這い回った。

呂布の腕が私に伸び、胸倉ではなく頬を撫ぜる。初めてこうされたときは、呂布にもこんな加減が出来るものなのかと笑ってしまいそうになり、頬の肉を噛んだものだ。

丸く燃える炎を映し、その光を加味した私が呂布の目の中に居る。きっと私の目の中には呂布が居るのだろう。

「望むだけ、刃も俺もくれてやろう」
「ならば私は、呂布殿の為幾らでも望みましょう」

呂布の手に己のものを添えたとたん、洞穴の壁に反響しながら悲鳴が耳を劈いた。
ただ強いだけの獣を恐れて、穴倉をつつきに来る輩はこの天下に数多居る。そういうものだ、そういう世だ。

「行くぞ、遅れれば捨てる」
「はい」

触れていたそれで武器を手に取り颯爽と戦へ向かうその背中、戦の度に生まれ直し、戦の為に産まれてきた。戦場に散らばる枝を取り込み形を成す、あれは呂布という炎。








初めまして、今後愛する我が君よ
(我が腹の内に、汝あり)




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