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曹丕 君はそういって飛び降りた

 ●●が魏の軍師である司馬懿に前の戦の残党討伐を命じられたのは今朝のことだ。自分の上司であり断る理由もないということで快く承諾した後、連れの武将を見て絶句した。「待たせたな」と一言言い、白い馬に乗って現れたのは現魏王である曹子桓の姿。
 彼の姿を見た時、彼女は苦虫を噛み潰した様な顔をした。そんな顔をしたからといっても曹丕のことが嫌いなわけじゃない。ただ、苦手なだけだ。いや、苦手という言葉じゃ語弊がある。この男の冷淡で冷酷な言葉が……、性格が怖いのだ。曹操の覇道を継げる才と器を持ちながら敵を容赦なく切り捨てる彼のことを恐れている。
 曹操は才さえあれば敵だろうが登用したが、曹丕は違う。不安分子は徹底的に叩き潰す。そんな美しく残酷な悪魔が今、自分の目の前5メートル以内にいる。その事実だけで今すぐにでも上司にかけ合い今朝の命令の取り消しをお願いしたいところだがそうもいかない。
 顔面の筋肉が引き攣りそうになりつつぎこちない笑顔を見せた。

「どうして、曹丕殿が残党退治に?他にもっとやることがるのでは」

「仲達に頼まれてな。逃げださぬようにと」

「逃げるなど……」

 曹丕の指示で馬をとめた場所はある崖の上の拠点。崖の下には討伐対象である男と仲間の兵卒がチラホラ見える。

「曹丕殿、これからどうなさるおつもりですか?」

「奇襲しかあるまい◯◯」

「なるほど……。ならば、私が前から攻め、気をとられているうちに曹丕殿は上から飛び降り奇襲を。または」

「ふっ。慌てるな◯◯。……仲達からことづてを預かっている」

「こと……づて?」

 上司からの言伝(ことづて)。何故か嫌な予感がした。武器を持つ手がじっとりと汗をかいていてそれを拭き取る。

「それで、そのことづてとは?」

「勘の良い貴様なら分かっているだろう。仲達からのことづてはたった1つ。●●は崖の上から奇襲するように、だそうだ」

 上司からの予想外の命令に目を大きくして驚く。こんな話は聞いていない。そもそも聞いていればこの依頼はうけなかった。丁重に断ろうと口を開いた時、それよりも先に曹丕が言葉を発した。

「選ばせてやろう。私と共にここから飛び降りるか。私が敵を引きつけ貴様1人で崖から飛び降り、奇襲するか。それ以外の選択肢はない」

 生意気な●●といえど魏王である曹丕の命令には逆らえない。ここでやっと彼女は今回、司馬懿の意図を理解した。
 それは、上から飛び降りることが苦手な自分への実地演習。

 彼女にとって何かの上から飛び降りて奇襲するということは武器を持たずに敵陣へ突っ込むのと同じくらいの勇気と恐怖があった。なので成功の可能性を訊かれたら決して高くないのが現状である。途中で落馬したり、謎の奇声をあげたりと散々なことをしてしまうのがしょっちゅうあった。

――それを無くせということか

 上司の(●●からすれば)要らぬお節介に泣きたい気分になったが生憎曹丕の提示した選択肢に『彼に土下座し、泣いて許してもらう』というものはない。曹丕は何も言ってこないが目線で早く決めろと言っている。司馬懿の驚異的な行動力に達観し呆れ果てた●●は抵抗する気さえ失せてしまった。一度大きなため息をついて馬を数歩前に進める。

「曹丕殿。お手間をとらせると思いますが一緒に来ていただけますか?」

「……よかろう」

曹丕の白い馬が●●の隣にくる。下を見てタイミングを窺っていると彼は下を見ずに前だけを見て言った。

「貴様の武勇、期待しているぞ」

その日の夕方、帰って来た●●は傷だらけだった。その傷は切り傷ではないまるで何かから落ちてできたような擦り傷で、だ。部下の失敗を悟った司馬懿は彼女に向かってたった一言「馬鹿めが……」と呟いただけだった。





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