安倍晴明 時には強引に我がままに
大木に体を預け、ぼんやりと空を眺めている彼女。私が隣に腰を下ろすと微笑んだ。
ここは日当たりが良く、静かな場所だ。他の者達にはまだ見つかっていない、落ち着くには絶好の場。私と●●しか知らない場所。
「どうかしたのですか?」
「いや、特に何も。また戦が始まるのかと思うと、あなたに会っておきたいと思ってな」
駄目だっただろうか?扇子を閉じつつ、苦笑してみる。すると、●●はすぐに首を降って否定をした。
「私もちょうど誰かとお話がしたかったので、嬉しいです」
誰かと…か。
誰でも良かったのだろうか。もし私じゃなくても、彼女は隣に座った者全てにこの言葉を送ったのだろうか。
軽く笑って、そうか。と言えば、はい。なんて満足そうに笑うものだからそっと息を吐いた。
私が来たから嬉しいのではないのだ。誰かが●●の側に居たら、満足するのだ。自惚れてはいけない。
それなのに私は彼女を欲していた。
いつからなのか、それはもう覚えてはいない。出会った時からどことなく惹かれてはいた。何かが引っかかっていた。それがつい最近恋なのだと知った。もしかしたら、最初から恋に落ちていたのかもしれない。
誰に対しても態度を変えない姿勢。だからこそ好印象だったはず。それなのに今は私だけを見ていて欲しかった。
横目で●●を盗み見る。隣に私がいるというのに、彼女は遠くを見つめ、物思いに耽るかのように黙ってしまっていた。
「あっ…」
誰か見つけたのだろう。声を掛けようと立ち上がり、駆け寄ろうとした●●の腕を引く。体勢を崩し、そのまま私の方へと倒れ込む。
「せ、清明様?!」
どうしてこのようなことをするのか。目でそう訴えているのがわかる。けれど、私はただ笑って●●を抱きしめた。
この場所を知られたくないことと、私から離れて行くことが耐え難かった。
「…っ!清明様!あの、離していただけませんか?」
「嫌だ」
私はそれに一言、ばっさりと言い放った。頬を真っ赤にして俯く。耳が紅色に染まっているのがよくわかる。●●の顔に集まった熱が胸に張り付いて心地良い。
しかし私から無理矢理力押しで離れ、少しだけ距離を置く●●。私が残念そうに●●を見つめると、複雑そうな顔をする。
「私がいると邪魔か?」
「そ、そういうわけでは…ありません」
「なら良いだろう…なぁ?」
式を操り●●の背後を取る。吃驚したようだが、避ける前に囲む。
逃げる様子もないのでこちらに引き寄せ、そのまま再度抱擁をする。顔を埋め、溜息をついている●●が小さく呟く。
「私は貴方の狐の代わりですか?」
不服そうな声に、私は少しだけ笑みが零れる。少しは意識してもらえていたのだと感じ取れたから。
「違う。今日は連れてこなかっただけだ。あなたを独り占めしたくて…」
柔らかい髪を撫でる。
つい甘えたくなり、甘やかしたくなる。
この愛おしさは、なんなのだろうか。
「そろそろ離してくださいよ」
「嫌だと言っているだろう?私は今日は戦場に立つことをやめた。●●も私と一緒に休むのだ。終わるまでここに居て、ゆっくりしていよう」
顔を上げ、目を見開く●●。安倍晴明…この私が私でないように見えたのだろう。まぁ、いつもの態度と比べれば当たり前の話なのだろうが。
「どうしたのですか…貴方らしくない」
「…貴方らしくない?それは●●、あなたの勝手な偶像だろう?」
「そ、そうかもしれませんが…!」
「私は、もう少しこのままが良い」
私はあなたでないと……あなたの側でないと嫌なのだ。
戦いなど、したくもないのだ。
困惑した●●の頬を撫でる。
何か言いた気だが、口を噤んだまま動かない。次第に仏頂面になり、私の袖を強く掴んだ。
「怖いのですか?」
「そうだな…少々怖いのかもしれない。…あなたを失うことが」
そう言えば、●●は目を瞬かせる。
「私はあなたが好きなのだ」
そう言えば、●●は口をだらしなく開き、信じられないものでも聞いたかのような顔で黙っていた。
あまりにも反応がないので、閉じた扇子を目の前で振ってみると、我に帰ったのか先程やっと元の色に戻った肌が、またみるみるうちに紅潮していく。
「なっ何を仰っておられるのですか…!」
「私のことが嫌いか?」
「ち、違います!むしろ好意があるというか、なんというか…て、私は何を…!」
必死に首を横に振り、落ち着かない素振りで私のから視線を遠ざける。混乱しているのか言葉が支離滅裂で、見ていて楽しいという感情がでもが込み上げてくる。
愛らしい姿だ。
「なら、このままでも良いだろう?」
「や、やめて下さい」
「ふふ、真っ赤にして…説得力がないぞ」
そんなところも可愛らしい。
雛目子夏様、素敵な作品を誠にありがとうございました!
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