風を纏いて空を待つ
其の少年の名を、風上零二と云った。
目の前で光が鳴った。
眩しさに目を瞑れば、鼓膜を破る様な轟音。
霞む視界を擦り乍、何時の間にか倒れて居た体を慌てて起こす。
脳内を直接揺さぶられた様な眩暈。
競り上がる吐き気に胸を押さえる。
休んで居る暇は無い。
遂先程まで建って居た筈の民家が、瓦礫となり崩れ落ちる。
其れを無言で目に焼き付けて。
体が動くのを確認して煤けた大地を勢い良く蹴った。
戦況は最悪だった。
此方の本部に進行して居るらしい敵部隊の一掃を命じられ、一個隊を連れて現地へと向かった。
敵兵は民間人が混じって居る即席の兵。
予想通り統率は無く、不利になるや逃げ出す者が殆どだった。
『殲滅セヨ』
無線機から聞こえる声が不機嫌にざらつく。
深追いは避けたかったのだが、命令されては仕方が無い。
逃げた方角へと兵を進め、其の結果が現在の状況だった。
罠だったのだ──
誘い込まれた場所は、何の変哲も無い村だった。
警戒は怠らずに踏み込んだ途端、上空を切り裂く様な音が響いた。
其の聞き慣れた音に舌打ちをする。
瞬時に身を翻して退避を命じると、状況を理解した兵士達が血の気を無くして物陰へと逃げ込む。
やられた──
後悔と共にやって来たのは。
敵爆撃機による容赦無い空爆だった。
大地を蹴った右足が痛む。
先程の攻撃で散った破片が当たったのかもしれない。
チラリと足元を確認したら、土とは違う赤色が服を染めて居た。
皆は無事だろうか。
離れた所で聞こえる爆撃音に、散り散りに成った兵を脳裏に浮かべる。
連れて居たのは訓練を受けた立派な兵士達だ。
しかし民間の兵では無いとは云え、人間で有ると云う事に変わりは無い。
命惜しさに足並みは乱れ。
今自分の傍に居るのは敵味方も判らない肉の塊と。
何時の間にか囲まれて居た、複数の敵兵のみだった。
誰でも良い──
誰か一人でも本部へ辿り着いて、戦況の報告をしてくれれば。
全滅だけは避けねばと、強い期待を込めて煉瓦の塀に背を預ける。
感覚を失った右足が崩れ。
銃を抱えた儘座り込む。
口元が緩む敵兵。
良い玩具が見付かったとでも思って居るのだろうか。
其のにやけた面に、目の力だけを強める。
もう身体は動かなかった。
血を流し過ぎたのか、視界も霞む。
近付く砂音に銃口を向け様としても、自分の荒い息が聞こえるだけで、意志の通りには動かない。
せめて一人だけでも生き残ってくれれば──
向けられた銃口を見詰め、失いそうな光に唇を噛んだ。
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