まるで川蝉が水中の魚を喰らう様だった。


一直線に飛んで来た一羽が、目の前の一羽を喰らう。

もう一羽、もう一羽と、驚きで動けないモノを喰らい、我に返り反撃をした三羽目でやっと攻撃の手が止まる。

止まった彼の両手には。
鋭く光る刀が握られて居た。


姿勢を低くした儘の彼を、丸くした目で見詰める。

背を向けて居るので顔は見え無いが、随分華奢な身体が小柄な印象を抱かせる。


いや、実際自分よりも小柄なのかも知れ無い。

背中に背負ったパラシュートが、やけに大きく見えた。



「──、だ」



誰かが云った。

其の声と共に、辺りがザワリと揺れる。


敵兵の構えた銃口が僅かに震える。
後ずさる踵。

異変は明らかだった。



構えて居た彼の刀が怪しく光る。

前へと傾けた重心に、敵兵が唾を飲み込む。



「──た、退避…っ!」



上がった声に反応して彼が飛ぶ。
同じ様に反応して逃げ出した敵兵達。

其れを嘲笑うかの様に振り下ろされた刀が、彼等の背中を色鮮やかに濡らした。


短い言葉が飛び交って、地に擦れる鈍い音が繰り返される。

言葉を発せられたのならまだ良い方だ。

中には声も上げずに絶命して行く者も居て、私は目前の脅威に只口を開ける事しか出来ずに居た。



「‥‥‥」



地面に昏倒した敵を見下ろす其の青年が、何かを言った様な気がした。

しかしその言葉を聞き取る事は出来ず、白い布に隠れた顔では読み取る事も出来無い。


寄せられた眉の間。

彼は一体、何の感情を抱いて居ると云うのか。



「‥‥‥」



又、彼が何かを云った様な気がした。

だが其れも聞き取る事は出来ず、問い掛け様とした口も、此方に向けられた視線に何も云えずに息を飲む。


真っ黒だった。
其の両の瞳は。

真っ暗だった。
其の両の瞳が。


返り血で赤く染まった部分だけが酷く鮮明で。

背筋を走る寒気に脳を震わせ乍、只向けられた視線に身体を硬直させる。



「─っあ、」



何も云わず、クルリと身体を反転させた青年に手を伸ばす。

何故自分がそうしたのかも分からないが、気付いたら腕が勝手に動いて居た。


そんな私に青年はチラリと視線を向けて、無言の儘、直ぐに視線を上へと向ける。


軽く地を蹴った青年は重力を忘れた様に空を舞い。

吸い込まれる様な風を残して。
私の前から姿を消した。



煉瓦の壁に凭れた儘、腕に巻かれた鉢巻が尾を引く姿を思い出す。


黒い瞳に黒い髪。

華奢な身体を包む戦闘服に。
色を添える様に咲いた赤。


風の様に美しい其の飛行機の名を。
『零戦』と云った。






†end

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