ストックホルム症候群
アイツと喧嘩をした。
と言っても、癇癪を起こした俺が一方的にアイツをなじっただけだけど。
そんな理不尽な扱いをされたのに、アイツはいつものように笑顔で俺を見て、「せやなぁ」なんて呑気な声を出すものだから。
余計に腹が立って、勢いでアイツの家を飛び出してきてしまった。
アイツの事だから慌てて追い掛けて来るかと思ったのに、何度振り返ってもそれらしい人影は見えなくて。
少し期待していた自分に気が付いて、足元に転がっていた石を爪先で蹴飛ばした。
『今日からお前は俺の子分や。困った時はいつでもこの親分に頼るんやで!』
状況把握をする暇もなく家に連れてこられた俺に、アイツが一番最初に言った言葉。
その言葉が心細さを感じていた俺にとって、どれだけ支えになっただろう。
今になって思えば、あれは誘拐された人が誘拐犯に好意を抱いてしまう心理の一種ではないかと思ってしまうが。
それにしたって、アイツを頼りにしていたのは確かだった。
──なんだよ。守るなんて言っといて、結局その程度なのかよ。
理由もなしに一方的に怒っておいて、随分自分勝手なのかもしれないけど。
やっぱり追い掛けて来ないアイツに、多少の寂しさを感じてしまう。
普段は憎まれ口ばかり叩いてしまうけど、それは寂しさの裏返しだとアイツは気付いてくれているだろうか。
いや、もしかしたら気付いてないのかもしれない。
だから癇癪を起こした俺に呆れて、放っておくことにしたのかもしれない。
ぐるぐると悪い方向に進む思考は、暗くなってきた景色と、いつの間にか入りこんでしまった森に加速する。
だんだんそれが怖くなってきて、足早に木々の隙間を歩いていると。
横の茂みから、葉が擦れる音が聞こえてきた。
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