I love you の訳し方
「月が綺麗ですね」
冷えた空気を吸いながら夜道を歩いていると、隣を歩いていた菊が、上を見上げてそう言った。
俺もそれにつられて上を見れば、そこには雲の隙間から煌々と光を放つ三日月が。
「おぉ、ホンマや。綺麗やね」
その月は本当に綺麗で。
自分一人だと見落としてしまいそうな些細な事も、菊は当たり前のように気付いて、それを言葉にしてくれる。
それはきっと、自然を愛でる日本人だから出来ることなんだろう。
「ふふ、」
月を眺めながら歩いていると、不意に、菊が笑う。
「なん?」
「あ、いえ」
もしかしてアホ面になっとった?
少し恥ずかしくなって菊の方を見れば、菊は微笑んだまま首を横に振る。
意味が分からず頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると。
「やっぱり、通じませんよね」
「?」
気になさらないで下さい。
そう言って菊は、何故か少し恥ずかしそうにしながら上を向いた。
──あれは、どういう意味やったんやろなぁ
あの時何故笑ったかを菊に聞いても、菊は曖昧に笑うだけで、何も教えてくれなかった。
ああいう時の菊は頑固だから、自分から話すまでは決して答えようとしない。
「厄介や‥」
「何が?」
紅茶の香りと共に、美しい模様のティーカップをトレイに乗せて、フランが独り言を言う俺に首を傾げる。
そう言えば、ここはフランの屋敷で、俺は一応客人だった。
腐れ縁と言っていいほど付き合いの長い俺たちには、最早遠慮という言葉は消滅していて。
嫌味なくらいに着飾ったソファーに寝転んでいたら、いつもの癖で言葉が漏れてしまった。
「何が厄介なんだよ」
「あー…それはやね‥」
ティーカップに紅茶が注がれれば、一層香る、深みのある落ち着いた香り。
何かの果物を連想させるその香りにつられて口を開けば、勝手に昨日の出来事を話し出していた。
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