光陰(げっこういん)





『なまえ、散歩に行こうか』




そう言って何度も手を差し伸べてくれたあなたは。

私にとっての月でした。






──ガシャン!


何かが割れるような甲高い音が家中に響き渡る。



「…?」



うっすらと目を開けると、月明かりに照らされた時計の針が2時を指していた。




「‥‥!…ッ!」



人の話し声が聞こえる。

いや。これは話し声というより、どちらかと言えば悲鳴に近い。




「…はぁ」



一つため息をついて、寝返りを打つ。



また始まった。

父さんと母さんの終わることのない言い争い。



今日でいったい何回目になるのだろう…


私には最早これが日課と化しているような気さえしていた。




もう一度眠ろうと布団を頭まで被ってじっとしていたが。

人の気持ちも考えない醜い悲鳴がズカズカと入り込んできて、なかなか眠れない。



それを追い出すかのように舌打ちをして体を起こす。




「人の迷惑も考えろよ」



ブツブツと悪態をついていると、怒りよりも虚しさがこみ上げてきた。


泣きそうになって、思わずベッドの脇に置いてあった写真立てを抱き締める。




「サエ兄…」




震える声で名前を呼んでも。
応える声は返ってこない。


分かっていたことだけど、それでも呼ばずにはいられなくて…。







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