『なまえ、散歩に行こうか』




両親の喧嘩が始まると。部屋の隅で泣いている私の手を取って、サエ兄はよく外へ連れ出してくれた。


月明かりに照らされて歩く二人は、まるでヘンゼルとグレーテルみたいだと言って。拾い集めた小石を一つずつ落として歩いたこともあった。



そんな私を優しく見守りながら、あなたはいつも心の中で泣いていた。



誰よりも優しくて争いごとを嫌ったサエ兄は、度重なる醜い争いに段々と心を病んでいき。

そして私の手の届かない所へ行ってしまった…。




あの時はただ悲しくて泣きじゃくるばかりだったけど。



──ねぇ、サエ兄。

今なら分かるよ、あなたの気持ち。



サエ兄は私を守る為にずっとこんなにも痛くて辛い気持ちを抱えていたんだね。


それなのに私、なにも知らずに笑ってた。

嫌なこと全部サエ兄に押しつけて、無邪気に笑ってたんだ…





──ガシャン!




また何かが割れる音がする。

口論はさっきよりも激しさを増していた。



写真立てを元の場所に戻し、目にたまった涙を擦りながらベッドを降りる。

静かに窓を開け、ベランダに置いてあったスリッパを履いて物置を使って外へ出た。




着地するときにわざと音を立ててみたけれど、案の定言い争いに夢中で気付く様子はなかった。



そのことにまたため息をついて、昔サエ兄と歩いた夜道を歩き出す。

途中すれ違った車の運転手が不審そうに此方を見てきたけど、気にせずに歩き続けた。




雲一つない夜空を見上げながら、拾った小石を一つずつ落として歩く。

カツンと音を立てる度に、サエ兄との思い出が甦ってきた。




何時だって何処にいたって、私が泣けばサエ兄は直ぐに助けに来てくれた。


今ここで泣いたら、あなたは昔みたいに助けに来てくれるのかな…。







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