はつらいよ





「死ねぇ!!臨也ぁッ!!!」




平穏な筈の廊下に、怒涛の声が響き渡る。

その物騒極まりない言葉を鼓膜に響かせながら、なまえはひとり、そそくさと教室に逃げ込む生徒たちを尻目に階段を下る。

ぺたんぺたんと鳴るスリッパに、前方から別の足音が混じり合い、忙しない雑音に眉を潜めた。




「っ、追い詰めたぜノミ蟲野郎!覚悟しやが──あ?」




ドタバタとあからさまに怒りを込めた足音が止まったと思ったら、そこには高校生という身分には相応しくない金髪が肩で息をしていた。




「何だなまえか。こっちにノミ蟲来なかったか?」

「この階段昇ってったよ」

「そうか、ありがとな!」




今日こそぶっ殺してやると不穏な言葉を残し、階段を三段とばしで駆け上がっていく金髪を眺める。

その足音が小さくなり、完全に聞こえなくなった頃に後ろから声が聞こえた。




「やれやれ。シズちゃんの執念深さには恐れ入るよ。ストーカーになったらさぞ面倒だと思わないかい?」

「…面倒じゃないストーカーなんていないと思うけど」




その声に驚いた様子も見せず、自然の動作で振り返る。

階段を降りきった踊り場に居たのは、短ランの中に着た赤いシャツが映える、黒髪の青年だった。




「そうかい?まぁ、どこまでをストーカーと呼ぶかで変わってくるとは思うけど。例えばほら、好きな子をつい目で追ってしまうと言うのもストーカー行為だとすれば、それは無害な方に入るんじゃないかな?それがあからさまに欲を持った視線で、尚且つその相手にバレていたのなら別だけど。けど行動に移さないだけまだ無害だと俺は思うよ。気持ち悪い事には変わりないけど、シズちゃんの場合は目じゃなくて足で追ってしまいそうだから、それに比べればまだ安心だよねぇ」




階段の手摺に寄り掛かり、そこまでペラペラと喋った辺りで一息入れる。

少し赤みを帯びた頬が満足そうに口端を吊り上げる。

嫌味なくらい整った表情に、なまえは心の中で舌打ちをした。




「それで?今度は静男さんに何をしたの、──お兄ちゃん」




なまえと良く似た顔が、小首を傾げて笑った。







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