半年前のハルレオA


 ごちん。頭をぶつける。錆び付いた公衆トイレで、真っ昼間から馬鹿になる僕たち。
 抱き合うレオの舌は熱い。くちゅくちゅと卑猥な音を立てて、絡まって、伝わって、とろけてしまう。

(こうやってがっつかれるのも、悪くないな…)

 残念ながらレオとは身長差があるため、僕は上を向きっぱなしだ。首が痛い。けれど快楽に従順なこの身体は、お構い無しに舌を貪る。

「は、ぁ…っ」

 唇を触れあわせたまま、レオが雄の顔をして笑う。

「いつ誰が来るか分からないって……興奮するな」
「ふ、変態」

 僕もつられて笑って、また唇を寄せた。痛いくらいに吸い付かれて中心が痺れる。どくどくと唸る鼓動のままレオのベルトを外していくと、彼の腰がびくりと動いた。

「な、あ……ハル」

 浅い呼吸音とともに熱っぽい瞳を向けられる。完全に欲情してるな、レオってば。ちらちらと揺れる茶色い瞳が、何かを伝えようとしてきて――ああ、なんだ、そういうことか。
 気付かぬうちに、ゆったりと口角が上がっていく。

 僕はベルトを抜き去ると、それでレオの両手を縛り付けた。幸いにも縛るのは得意だ。ネクタイだろうとベルトだろうと、手間を掛けずに一瞬で出来る。これって僕の特技じゃないのかな。

「後ろ向いて、タンクに手かけて」
「…こう、か?」
「そう。ドアにケツ向ける感じねぇ」

 手持ちのローションを指に取って、遠慮なくレオに突っ込む。誰かが来る前に終わらせなくては。

「うあ…っ」

 レオはマゾじゃない。痛みこそが快楽だというわけでも、他者に好んで屈服するタイプでもない。ただレオの性癖の特殊は、アブノーマルを好むところにあった。「こんな事でも感じちゃう俺」「こんな場所でも感じちゃう俺」というのが堪らないらしく、しばしば僕らは相性が良い。
 普通のセックスじゃイケない僕らは、きっとどちらも異常なんだろう。

「さっきまでこの辺でバスケの試合してたんでしょ?チームメイトに見られたらどうしよっかぁ?」
「ン、ぁ…っ!それ、やべ…ッ」
「こんなトコでケツ振って、本当は見て欲しいのかなぁ?」
「く、ぅ、…っ!」

 そろそろいいかな。ひくひくと中が蠢いて、中に絡み付いてくる。レオの頬も髪と同じくらい真っ赤になって、大分気持ち良さそうだ。
 うん。じゃあ、いっきまーす。

「んあぁぁぁ…っ!」
「こーら、静かに。外に聞こえたら…」

 その時。
 ガチャ、て、ドアの開く音がした。
 はっとしてレオと顔を見合わせる。勿論動きも止めた。
 続いて、カツカツとタイルに響く靴音。誰かが用を足しに来たらしい。

(やば…)

 僕とレオがいるのは、一番奥の個室だ。けれど、より刺激を得るためにドアを開けっ放しにしている。
 こちらまで足を進めれば、結合部さえも丸見えなのだ。

(こっちまで来ないでよ…?)

 祈るように息を詰める。
 僕を包むレオの中がきゅんきゅん締め付けてくるけど、無視。僕には見られて喜ぶ趣味はない。
 レオはどうだろうと顔を上げると、端から見ても興奮してるのが分かるほどだった。

「…っ」

 やば。
 今の顔、かなりキた。
 イケメンが快楽でトロットロになってるんだ、下半身に来ないわけない。
 今すぐ動きたいくらい余裕ないけど、トイレに人がいる間は我慢――…!


 カツ、カツ、カツ。
 どうやら用を足し終えたらしい足音は、静かに遠ざかっていった。
 トイレ内に完全な沈黙が降りたことを確認して、ほうと息を吐く。繋がったままのレオもまた、緊張させていた筋肉を弛めた。
 そして切迫詰まった顔で僕を振り返る。

「ハル…ッ!」
「え、何どうしたの…って、うわっ」

 レオは片足を上げてぐるんと身体を捻りバックから正常位に体勢を変える。タンクを背に、閉じた便座で開脚するレオの脚――その根元で完勃ちするそれを震わせて。レオは涙声で僕を強請った。

「な、ハル、もう我慢できねぇ…っ!がつがつに突いて、…外に聞こえるくらい激しくしてくれよ…ッ!」
「――ふ、」


 思わず、舌なめずり。
 色んな芸能事務所からスカウトされる程の美形は、今は僕の下で貪欲に快楽を欲するただの獣だ。上手に僕のを銜えこんで、もっと欲しいと腰を震わせている。
 可愛い。
 可愛い、可愛い。
 下僕としては全くなってないけど、レオはそういうんじゃないから。全く別のところで、僕を満たしてくれる。
 だから僕も僕なりに、

「イイ声で啼いてよぉ?」

 可愛がってあげますか、ね。












「セール、終わっちゃってたな」

 それから、結局元のカフェに戻って来た。サンドイッチと珈琲を頼んで、テラス席に座る。

「最悪。レオのせいだからねぇ」
「なんだよっ、ハルだってノリ気でこんなにキスマーク付けてきたじゃねえか!」
「聞こえなーい」

 行き交う人達はどこか急ぎ足で、止まったままの僕らを横目で見ていく。その中に焼け付くような視線が入っていることに気付いて――思わず口元が弛んだ。僕らがどういう風に見られているかは分からないけれど、レオの首筋にある赤い痕を見られるのは悪い気がしなかった。
 ふふんと鼻を鳴らすと、レオに呆れた目を向けられる。

「ショユウヨクを満たす玩具に、オレを使うなよな…」
「…バレてたんだぁ」
「いや、意味は分からん。前ユマが言ってただけ」
「…あっそ」
「なー、ショユウヨクって何?どういう字?」
「馬に鹿って書くよぉ」

 にっこり笑ってレオの珈琲にパセリを入れる。サンドイッチに夢中になっているレオは気づかない。
 本当の意味で気付いていないことに、少しほっとする。ユマには流石にバレてたみたいだけど、それは仕方ないか。だってユマだもん。

(所有欲か、独占欲か…どちらにしろ醜いな)

 溜息を飲み込んで、パセリ入りの珈琲をかき混ぜる。レオは未だ気付かない。気付かないままでいい。
 レオも、ユマも、イツキも。いつかは離れていくって分かっているから。
 せめてあと少しの間は、僕のものでいて。僕を満たして。僕には、僕には。
 君たちが必要なんだから。

 もう少しだけ、僕だけの居場所で。


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