そこまで秋が近付いた、9月のある日。
「よっす!」
駅前のカフェでケーキを食べていた僕の元に、やたら目立つ赤髪が現れた。
「もー、レオ、おっそい」
「わりぃわりぃ、ちょっとそこでさ」
レオはにかっと笑いながら、沢山の名刺を見せびらかしてくる。またどこかの事務所にスカウトされたらしい。レオのワイルドな雰囲気も、笑うと匂い立つ少年ぽさも、きっと魅力的なんだろう。綺麗に筋肉の付いたレオは、何より見映えがする。
「ふぅん」
僕はちょっと面白くなくて、爽やかな甘さの残る唇を尖らせた。
「ま、僕はお姉さんからの逆ナンがすごかったけどねぇ」
一人でレオを待ってる間、僕もそれなりに声を掛けられた。まあ本当はビラ配りとか宗教勧誘とか、碌な内容じゃないんだけど。何だか悔しいので、レオには内緒にしておく。
「へー!ハルはモテるもんなあ」
「女にモテても嬉しくない……っていうか、だから現地集合はやめようって言ったのに。同じとこに住んでるんだからさぁ…」
僕とレオを含む男優仲間は、監督が用意したマンションの一室に泊まることが殆どだ。一応それぞれ「帰るところ」はあるんだけど、あいつらといる方が楽しいし、あそこが僕らの「家」だと思ってる。そもそも、孤児の僕の保護者だった人はもう居ない。今更教会に帰ったって、何にも無いんだ。
「午前中はストリートバスケの試合があったんだよ」
わりぃな、と言ってレオは僕の口元を拭う。そのまま自分の指についたクリームをぺろりと舐めとる。
「クリームいただき」
「……じゃ、行こっかぁ」
何を格好つけてるんだ。僕が口元にクリームを付けていたのは、僕を可愛く見せるための計算だし、第一レオにそんな事をされても全然ときめかない。
でもきっと、先を読みすぎてごちゃごちゃ考えて臆病になる僕よりも、スマートに行動に移してしまうレオの方が、男として。
「はあ…」
「なーに溜め息ついてんだよ」
「僕って可愛いなぁと思ってぇ」
「はは、言ってろ」
今日は、二人でショッピングだ。秋服とブーツの買い足し。アウターもそろそろ新しいのが欲しいし、マフラーも種類が必要。
でも、一番のメインは美容室かな。僕とレオはあの兄弟と違って染めてるから、定期的に美容室に行かなきゃいけない。あ、それから、パーマもかけたいんだよなあ。
「アイツら、誘っても来なかったなー」
「そうだねぇ」
「私服なんて今あるもので十分だ、なんて言ってたぜ」
「シンプルなものばかりだから、飽きが来ないんじゃない?」
「…その方が経済的ではあるんだよな」
確かに、僕らは少し拘りすぎなのかもしれない。バンド系ファッションのレオと、とことんユニセックスを追及する僕。今日の僕はハーフパンツにレギンスを合わせ、上はニットカーデとベレー帽でまとめてる。
お洒落をしなくたって、生きていけるのに。
どんなに着飾ったって、僕が醜いことは変えられないのに。
それでも、それでも。
「おっ、ラッキー!あそこセール中みたいだぜ」
「…歩きながらお菓子食べるのやめなって、いつも言ってるでしょ!」
「あ!なんだよー!」
まとめ食いしてるポッキーを奪い取ると、レオは口の中をモゴモゴさせながらじとりとした目を向けてきた。あ、なんか、ユマのいう「予感」てやつが。
「じゃあ何?ハルさんのうまい棒でも食わせてくれるんですかー」
「……最っ低…」
下品な下ネタ。
日曜日の昼下がり。
女の子の目線。
探り合いの僕ら。
ああでも、結局こうなるんだ。
「んっ、んぅ…」