彗星
 黄色い自意識に瞼を閉じる。昔から得意なのだ。心臓を突き刺す黒く鈍い光がやがておれを侵食するとしても、背骨を捉える淡く醜い温度が彼を哭かせたとしても、おれは識らないふりを続けるだろう。わらうことすら置き去りにして、また色彩を取り逃す。

「怯えてるの」
「いや」
「うそ」

 後ろの正面、彼だけの特等席。彼が欲しがっているのは知っていた。多くを抱えて両手を溢れさせながらそれでも欲しいと息を吐く彼は、きっと愚昧であった。せめて傍にいるおれだけは、彼の醜い強欲に侵食されないよう意識しなければならない。それは宿命のようにも思えた。だからおれ、は、今日も今日の始まりと共に。

「朝は未だか」
「未だだよ」
「そうか」

 知らないふりをして瞼を閉じる。彼の唇が落ちてくる。肌を通して触れ合う心臓はこわいくらいに温かくて、やさしくて、だからおれは恐いのだ。彼の言う辭が理解できない。彼といるといつだって、おれの思考はぱちんと音を立てるのだった。理解するのを拒むように、ぱちん、小さな星が弾けて消える。

「ほら」

 指が、耳が、脳が、熔けてしまいそうだ。視覚も聴覚も思考でさえも、すべて彼が奪いさってしまう。息を飲んだ。爪を立てた。それでも未だ駄目だった。おれは神経から彼に浸水してしまったのだ。




 瞼の裏に時が沈んでいくと同刻、潜在下のそれがにたりと笑った。隠すことなど出来ないと、見透かした様に雨が降る。有害だと糺弾される酸性雨はいつしかおれをも透かしてしまうような気がして、また震えた。朝は未だ来ない。きっといつまでも来ない。おれはどうしたらいい。

「聞こえるか」
「うん」
「ならば、聞こえないふりをしてくれるか」
「いや」
「何故」
「僕は貴方みたいに、弱虫じゃないから」
「…生意気な」

 切り取った筈の夕焼けは今日も秩序に飲み込まれ、ただ一人きりになろうとするおれを見つめて、何もかも不明瞭な白濁と混沌に貶めようと牙を剥く。おれの得意技はいつしか意味をなさなくなり、滑稽な自身の殻だけが地面に貼りついていた。気づかないふりがもう無効なら、もうどうしようもないではないか。朝の残影すら探し出せない一呼吸、きっとここらがタイムリミット。

「お前さんが、好きだ」







彗星





「…やっとか」

 彼は笑った。
 おれはようやく世界のはじまりを聞いた。


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