ガンダム全機のオーバーホールの為に、プトレマイオスに帰って来たマイスター達は、特にやることもなく暇を持て余していた。おれ――惺・夏端月もまた然り。

「………暇…。」
先程まで自室でぼーっとしていたが、最近色々とあったせいか、一人は落ち着かなくて自室から出た。
しかし、別に用も無かった為、何をする訳でもなくただ徨彷っていたおれ。
「………………」
(ん、)
その時、前方に揺れる紫色を発見した。おれは一瞬、その紫に見蕩れた後に名前を呼ぶ。
「ティエリア」
「………………」
ティエリアは無言でゆっくり振り返った。その表情に、おれは「あ」と一瞬ある事を思い出す。
そして、律義におれを待っている彼の元へ急いで近寄った。
「……………………」
「……………………」
沈黙。
別に気まずい訳ではない。ただ、ある科白を言うタイミングを探しているだけだ。
だけど、こんなにも言いづらいなんて。
彼の瞳はおれを責め立てる。
それで構わない。彼の気が済むのならば、それで許されるのならば。

「ティエリア…ごめん」

やっと、その科白を言えた。
ティエリアは目を見開いた。
無言でおれを見つめる。やっぱり怒っているのだろう。
おれは不謹慎にも苦笑を洩らした。
「敵に正体を晒した上に、おれ自身の事も黙っていた…」
「………………………」
ティエリアは無言になった。
「………………………」
おれの言葉は不意に途切れる。これ以上言っても言い訳にしかならない。
ティエリアはじっとおれを見詰めている。何れくらい互いの瞳を見詰め合っていただろうか。
先に口を開いたのはティエリア。
「君と僕は、光と影のように切っても切れない存在」
「ああ。そうだな」
「君は僕の一部。僕は君の一部。そうだろ?」
「ああ。そうだな」
彼の瞳は悲しい。そうさせているのは自分だ。
「今度からは…、」
「うん」
「僕に、真っ先に教えてくれ」
おれは、思わぬ科白に微笑んだ。
「…ありがとう、ティエリア」
「…君は…万死に値する」
「うん」
おれは再び微笑を浮かべた。









「オービタル・リングの陰から、敵輸送艦出現」
プトレマイオスの戦況オペレーター、フェルト・グレイスから通信が入った。
ガンダムベリアルのコックピットで、それを聞いたおれは密かに「はぁ…」と溜息をついた。横にはガンダムデュナメス。遠距離という事で、おれとロックオンが抜擢されたのだ。
最近はよく彼と一緒に組んでいる気がする。
おれはモニターに映る敵艦影を見据えた。
迫り来る敵の輸送艦は人類革新連盟の多目的輸送艦DE-402、古虎。
ロックオンはきっと敵輸送艦に照準を合わせて待機している。コックピット上部から引き下ろした射撃用スコープシステムを覗き込んでいる彼の光景が容易に想像出来る。
おれも同じように横から射撃用スコープシステムを引っ張り出し、何時でもGNアローが引けるように構える。トリガーには指。

武力介入を開始してから約四ヶ月が経とうとしているが、今回はソレスタルビーイングが初めて敵から攻め込まれた戦闘だ。
心拍数が上がる。
それが焦燥からなのか高揚からなのか、おれには分からない。
ふと、刹那的に、身体に戦慄のようなものが駆け巡った。
(……、っ!)
それを合図にするかのように、手の震えが止まらなくなる。
(どうして…)
突如襲い掛かってきた、不吉な塊。
それは、おれの視界から色を奪い、温もりを消した。
彼女を殺した時に引いたトリガーと、今、自分の指にあるトリガーが綺麗に重なる。
カタカタ、と、震える。
心臓がバクバクと煩い。
(ああ、おれは…!)
やっと気付いた。
焦燥でも高揚でもない。
おれは怖いんだ。
(お願いだから、震えよ、止まれ…!!)
ただ、懇願した。
今まではトリガーに指をかけても平気だったと言うのに。

『――デュナメス、ベリアル』とスメラギさんの声が響き渡る。
(今、おれは……っ)
下唇を噛む。じわり、と広がる生暖かい鉄の味。
『砲狙撃戦、開始!』
デュナメスのGNスナイパーライフルから、宇宙を引き裂くように粒子ビームが発射されるのを、何処か客観的に見ていた。
(動けない。)
トリガーを引けない。

『どうして、トリガーを引かないの?』

(遂に、幻聴まで聞こえ出した)
分かってる。
幻聴だと分かってる。
だけど、

『トリガーを引きなさい。あの時、私を殺したように――…!!』

つぅ、と口端から赤い液体が溢れる。
「惺…っ!!」
許してくれ。
お前を殺した罪を背負って生きていくと決めたのに。
お前の愛を知った直後に後悔しているんだ。
あの時、トリガーを引かなかったら。
あの時、お前の裏切りを許して、お前の手を引いて、
二人で、
遠く、遠くまで、逃げていたら。

もう、遅いと理解しているのに。
身体がまだ憶えている。
あの時の戦慄を、あの時の赤を。
(思い出したくない、認めたくない、受け入れたくない)
麻薬のように、闇に溺れていくその感覚を。

おれは叫んだ。


「…―――ううううああああああああああああっっ!!!!!!!!!!」


それはまるで、人類革新連盟軍の特務部隊“頂武”と、私設武装組織ソレスタルビーイングとの、戦闘開始の合図のように。




2010.10.09
2012.12.05修正



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