ギャラルホルン本部。仮眠室と称された特殊工作員の溜まり場にて。

『おい、005、お前、久しぶりにヘリ操縦したら着陸に失敗して一機オシャカにしたんだって?』
『でも任務自体はちゃんとこなして来た』
仲間内で仕事に関する情報交換をしていた。ざっと皆の情報を手に入れ、これからの各自の行動を確認し終わった時だった。手持ち無沙汰だったのか、話題は急に、最近あった任務での失敗談にすり替わる。工作員の癖にハニートラップに引っかかったとか、三階の窓から逃げる際に命綱が切れて転落して足を捻ったとか、大きいのから小さいのまで。
不本意ながら、私の失敗談は大きい方に分類される。
『壊したヘリはどうしたんだよ』
『然るべき手段で処理した』
『隠蔽したのね』
『まあ、それが俺達の本業だしな』
特殊工作員あるあるだ。そう、バレなきゃ問題無い。
(それに、ちょっとタイミングが悪かった)
この間の誕生日パーティーで、偶然、幼い頃に一緒に過ごしていたマクギリス・ファリドとガエリオ・ボードウィンと再会してしまったのだ。それについてずっと考え事をしていて、任務に支障をきたしてしまった。情けない。

皆でワイワイ会話を続けていると、仮眠室の外でガタリと物音が聞こえる。
さすが特殊工作員と言うべきか、その場に居た全員が懐の銃に手をかけた。こんな所に、滅多に人は来ない。来るのは工作員の仲間のみ。
誰もが、「一体誰だ…」と警戒した刹那。
扉が開く、バッと皆が一斉に銃口を向けた。
が、しかし、開いた扉の向こうに居たのは、ありえない人物だった。
そう、先程まで私の頭を悩ませていたその二人。
『なっ、なんだ…!』
声を洩らすガエリオと怪訝な表情を浮かべるマクギリス。
ああ、終わった…と、私は思った。

『…シン、これはどういう事か、説明してもらおうか』



■■■



辺りが真っ暗になって、良い子も悪い子も寝静まった深夜だった。
最近、色々な事がありすぎて疲れてしまった。腐れ縁との再会。その腐れ縁二人からのしつこい近況の詮索。挙げ句の果てには特殊工作員をやっている事がバレた。
ギャラルホルンの特殊工作員は一部の人間しか知らないトップシークレットだ。当然、存在を知らなかったマクギリスとガエリオは、「ギャラルホルンの腐った証拠だ」などと喚き散らすし、「今すぐ工作員を辞めろ」なんて事も言われて心底困った。辞める訳無いでしょう。ナルバエスとの契約がある限り。
孤児院の皆を人並みに生活させる為でもある。この仕事を辞めたら皆も私も困るのだ。
(こっちの気も知らないで…)
思わず溜息が漏れる。
(あの二人に再会してから散々だ。)
少し落ち着きたいと思って、月の光が当たる此処――木の上に逃げてきた。今夜はちょうどブルームーンらしく、丸い月が、ぼんやりと青白く輝いている。
夜の静寂のなか、一人、月を見上げている。
枝の隙間から覗く、ぽつんと寂しげに空に浮かんだ、青い月。
ブルームーンは確か、空気中の砂塵の影響で青く見えるのだったか…とぼんやり考える。
砂塵に塗れながらも必死で輝こうとしているそれ。でも、決して日の下に出てくる事は無い。
何だか滑稽に思えて。
…――自分も、あの月のようだ、と。


刹那、不意に下から誰かに声をかけられる。

『…何をしてるんだ、シン』

マクギリスの声だ。

私が言うのもアレだけど、こんな時間にこんな所で彼は何をしていたのだろうか。
『…見れば分かるでしょ。木の上に居るの』
自分でも意地悪な返しだと思った。マクギリスは苦笑を浮かべて木の下まで近寄ってくる。
『懐かしいな。昔はよく木に登って遊んでいた』
下から私を見上げて、そう笑う彼。私は木の上から冷たく見下ろした。
優しく微笑む彼の顔は、幼少期には見た事がない。対する私は眉間に深い皺を刻んでいる。微笑む彼と、顰めっ面の私。
私の心だけがあの頃のまま、何も動いていない気がして、妙に腹が立った。
再び月を見上げる。
ブルームーンは僅かに雲に隠れていた。

その時、ミシ、と木が揺れる。
(…――、!?)
『は!?登ってくるの!?』
『登ったら悪いか?』
マクギリスは至って普通に言いながら、私の所まで器用に登って来た。
(まさか、嘘でしょ)
『悪いとは言ってないけど…』と小さく吐き出す。
無意識に、彼をジッと見詰めてしまう。
遠くに行ってしまったと思っていた彼は、いま、あの時と同じように、私と同じ場所に立って、私と同じ目線で、私と同じ方角を見ていた。
『君は…私を置いて、変わってしまったんだと思った…』
思わず呟く。
未だに、すべてを恨んで憎んでいる私と違って、君は、すべて忘れて平然と生きているのかと思っていた。マクギリスは、私の科白に再び微かに笑うと、「私は反対に、君は変わっていないと直ぐに分かった」と返す。
そして、太くて座りやすそうな枝に座ると、「こっちに来い」と言いたげに隣をポンポンと叩いた。私は素直に彼の隣に腰掛ける。なんだろう。変な感じだ。

『…私と君は似ている。…君も、この世界を恨んで、怒りの中を歩んでいる。』

昔も、今も、
天を仰ぎながらそう告げたマクギリス。
月が雲の陰から姿を現す。

『君は…、私の唯一の理解者だ…。君が居ると安心する。私は独りじゃないとな』

真っ暗な闇の中、微かな月光に照らされたマクギリスの横顔が、妙に綺麗に私の瞳に映る。
パーティーで再会した時、シャンデリアに照らされて、腹が立つくらい眩しかった彼の金髪も、今は何故かとても儚く綺麗に見えている。月明かりの魔法だろうか。
『急になに…調子狂うんだけど…』
『……。』
ゆっくりとこちらを向くマクギリス。エメラルドのようなその瞳が私を捕まえる。魅入られたかのように、思わずジッとその瞳を見つめ返した。

『君は…そのままでいてくれ…』

冷たい指先が、私の頬に優しく触れた。

『…よく分からないけど、善処するわ』

マクギリスは、何度目かの微笑を浮かべる。

この時は、まだ、何も、知らなかった。




2016.05.08

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