「ん、惺?」
フラフラと歩く彼女を見掛けて思わず声をかけた。皆は向こうで休んでいると言うのに、彼女だけどうしてこんなところに。
「ああ、ライルか。ちょうどよかった」
彼女はそう言うと、此方に近付いてくる。その手にはハサミ。
「髪、切って欲しいんだ。お前、出来るか?」
「さあ、どうだろ…まあ、出来るっちゃ出来るが…」
惺は苦笑いを浮かべた。
「切ってくれる奴が居なくてさ。困ってたんだ」
「頼む」と差し出されたハサミに俺は戸惑う。その気持ちに気付いたのか否か「ん?もしかしてこれか?」ともうひとつ差し出されたものは、


「……いや、バリカンじゃなくて…」
(惺ってたまに抜けてるよな…)
そもそも彼女の髪を切るのにバリカンは全く必要無い。
彼女は再び苦笑いを浮かべると、「やってくれる?」と念を押す。
俺は「仕方無いな…」と彼女の腕を掴んで引っ張る。
(もう少し広い場所で切らなきゃな…)
黙って引きずられる彼女の姿に若干笑みを浮かべながら、外に向かった。
「よし、ここなら大丈夫かな…」
近場にあった椅子を拝借。
髪の毛を切る準備。
(今更になって緊張してきたな…)
何せ女性の髪の毛を切るなんて初めてだからな。
「どんな感じがいいんだ?」
訊ねると惺は困った表情を浮かべた。
「ライルの好きにして」
「、俺の、好きに…」
際どい科白に若干滾る。
(いやいやいや、何考えてるんだ俺は…)
ハサミに映り込んだ自分の顔に喝を入れる。
「よし、じゃあ…少し短くする程度でいいか?」
「任せる」
ハサミを構えてそのサラサラな髪を掴む。ふわり、と甘い匂いがした。
「…髪、勿体無いな」
「勿体無いか?」
「ああ」
彼女の、セミロングの髪の毛に触れながら言葉を返す。
「こんなに綺麗なのに…」
「ガンダムに乗る時に邪魔なんだ」
ヘルメットとか、いろいろな、と呟く彼女。
「そう言えば、お前の兄も…何時も勿体無いと言っていた」
遠くを見詰めながら呟く。
「以前は兄さんに切ってもらってたのか」
「ああ。まあ…大変だったがな、いろいろ…」
髪切ってる途中でうなじに興奮されて押し倒されたり、とか、何とか、聞こえた気がするけれど聞こえないふり。兄さんのメンツの為にも。うん。
いや、でも、惺のうなじ…わ、やば、に、兄さんの気持ちが分からなくもない。
「…伸ばしたら綺麗だと思うけど…」
サラサラの髪に触れて問う。惺は苦笑いを浮かべた。
「この戦いが終わったら、伸ばしてくれないか、と、あいつに言われた」
「…………」
「考えとく、って、おれは答えて…」
じっ、と下を見詰める惺。
(約束したのに、兄さんはいなくなってしまった…)
その悲しさと寂しさは計り知れない。
「…髪、伸ばそうと思ってたけど…、喜んでくれる人がいないから…もう、いいかな、って」
「…俺、」
惺が顔を上げる。
ゆっくりと後ろを振り向いて此方の瞳を見詰める。
「俺は、惺が髪を伸ばしたの、見たい」
「………」
「今度は、俺の為に伸ばしてくれないか…?」
惺は「ふは、」と笑った。
「…考えとく」
俺は優しく微笑んだ。

…――狡い事をしていると、理解している。
だけど、願うと同時に渇望したんだ。



この戦いが終わっても、アンタの傍に居ることを許して欲しいと。


「約束な、惺。」






2012.06.22

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