これの続き



 恋愛経験は豊富ではないし頭も良い方ではないけれど、わたしだってそこまで鈍くないつもりだった。だから南沢がどういうつもりであんなことを言ったのか、あんな表情をしたのか、あんな触れ方をしたのか、考えたら顔に熱が集中して仕方がない。あれから一週間が経ったけれど南沢に触れられた部分は未だにじんわりと熱を持っている気がしてならないし、今でも鮮明にあの熱が蘇ってくる。思い出すのが恥ずかしいし、恥ずかしがっている自分がいるのも恥ずかしい。これを先週からずっと繰り返している。あああもう南沢め!!なんてことしてくれたんだ!こんなことを考えていたらまた体の熱が上昇したからどうしようもなくなって、わたしは顔を机に伏せた。ていうかぶつけた。ゴンッと鈍い音を立ててぶつけたおでこが痛い。わたしは馬鹿なんじゃなかろうか。いや、多分馬鹿だ。

「……おい、すごい音がしたが大丈夫か?」
「…………」

 隣の席の三国が声をかけてくれたのが聞こえた。休み時間の教室はざわざわと騒がしいけれど、それから切り離されたようにざわめきが遠くに聞こえる。休み時間なのに三国はなんで席に着いているんだろう。友達いないのかな。いやわたしも座ってるんだけど。友達はいるけど。でも友達にもなんとなく言えなくて、だからこうして一人で悶々と悩んでいるわけなんだけど。

「さっきから突然顔が赤くなったかと思うと頭をブンブン振り始めたり変な呻き声を上げたり、挙句の果てに頭を机にぶつけ始めたり……様子が変だぞ」
「……三国さ、南沢のことどう思う?」
「はっ?なんだいきなり」

 ようやく顔だけを横に向けて三国を見たら、三国は次の授業の教科書を片手にノートに何やら書き込んでいた。別に宿題なんて出ていないのになんて真面目な奴。南沢と違って三国は内申点のためとかじゃなくて素でやっているんだろう。三国は意味がわからないという顔をしながらもちゃんとわたしの質問に答えてくれた。

「南沢か……まあ、内申点がどうとか言っているのは少しあれだが、実力はあるし周囲のこともよく見れる。頼れるフォワードだよ」

 それってサッカーのときの話だよね。そうだよね三国キーパーだもんね。今中学サッカー界が大変なことになっているということはぼんやりとしか知らないけれど、そうか南沢は頼りにされてるのか。南沢がサッカーをしている姿は正直そんなに見たことがないけれど、サッカー部が活動をしているといつも女子たちの黄色い悲鳴が聞こえてくるのはよく知っている。二年生の神童くんなんかもとっても人気みたいだけれど、三年生では南沢がぶっちぎりだ。
 あれから南沢とは全く言葉を交わしていない。わたしが思わず避けてしまうからだ。廊下を歩いていて数メートル先に南沢の姿が見えたら別に行きたくもないのに逃げるようにしてトイレに入ったり、日直の日にクラス全員に返却しなければいけないノートの中に南沢の名前を見つけたらもう一人の日直に押し付けたり、自分で言うのもなんだがあまりにもわかりやすい行動を取ってしまっている。南沢がどう思っているのかは知らないし怖いからあまり知りたくないけれど、どんな理由であれ人に避けられるのはきっと不快だと思う。そこは申し訳ない。でもあんなことをされたら、南沢は慣れているのかもしれないけれどわたしは恥ずかしくてどうしたらいいのかわからなくなるのだ。

「喧嘩でもしたのか?」
「…………してない」
「…まあなんだ、困ったことがあったらいつでも相談に乗るから」
「ありがとうお母さん……」
「誰がお母さんだ」

 三国の優しさに涙腺が緩みそうになる。お弁当にブロッコリーが入ってたらいつも押しつけてごめんね。今度からにんじんもセットであげるから許してね。

「……でも、南沢性格悪いよ」
「なんだ悪口か」
「ナルシストだし人のこといつもからかってくるし、平気でブサイクとか言ってくるし」
「ははっ、いやそれは」
「でも、この前鼻怪我したとき絆創膏貼ってくれた」
「…………お前、貶したいのか褒めたいのかどっちなんだ」

 どっちなんだろう。それはわたしが聞きたい。やるせなくなってまた机に突っ伏した。チカちゃんの弾丸サーブを直に受けたわたしの鼻は特に傷が残ることもなく、一週間も経てばほとんど治っていた。あんなに鼻がもげたかと思ったほど痛かったのに、人間案外丈夫なものだ。

「まあでも、努力家だし根はいいやつじゃないか」
「…………まあ、うん」
「怪我の手当てだってしてくれたんだろ?」
「……そうだけど」
「それにイケメンなのは事実だろ」
「………………」
「お前のことをからかうのも素直になれないだけで」
「えー……そうかな」
「俺はお前が好きだよ」
「…………は……?」

 えっ、わたし今三国に告白された?
 なんかおかしい、と思って数秒考えを巡らせたあとある考えにたどり着いて、わたしはオリンピック選手顔負けの俊敏さで顔を上げた。先週の体育のときもこれだけ俊敏に動けたらチカちゃんのサーブも避けられたかもしれないのになんて頭の隅で思ったことは、顔を上げたことによって見えた現実に掻き消された。

「お前今、三国に告白されたとか思っただろ」
「み、な、」

 南沢がいた。

 わたしは状況の把握が上手くできずに金魚みたいに口をパクパクしている。なんで?いつから?最初は三国がしゃべってたよね?あれ?
 三国のほうを見たら教科書を机に置いて席を立ってどこかに行こうとしていた。目が合った三国は親指を立てて下手くそなウインクをしてきた。本当に下手だし似合わない。ちょっと待って三国行かないで空気読んでるつもりだろうけど全然読めてないから!ちょっと本当に待って!!マジで!!

 わたしの必死の祈りも虚しく、非情にも三国は教室から出て行った。多分わたしの祈りは全くと言っていいほど伝わっていない。

「三国と俺の声間違えるとかねーわお前」
「……だ、」
「俺のことことごとく避けやがって」
「………………」
「傷ついたなー俺」
「…………ご、ごめん…」

 目を合わせられなくてひたすら視線を泳がせていたわたしに溜め息をついて、南沢はわたしの机の前にしゃがんでこちらを見上げた。ただでさえ顔合わせられないのにこっち見ないでほしい。
 思いっきり狼狽えるわたしとは対照的に落ち着き払った南沢は頬に手をついてこちらを見上げた。

「なんで避けるんだよ」
「…………」
「別に怒ってねーから言ってみ」
「…………は、恥ず、かしくて」

 嫌だなあ今顔赤いんだろうなあ。なんか変な汗出てきた。
 わたしが大人しく白状すると、南沢はわたしのことを鼻で笑った。この人を見下したような態度はどうにかならないのか。

「ふーん、俺のこと意識してるんだな」
「ばっ、そ、そんなの仕方ないでしょ!!あんな……」
「あんな?」
「…………いや、なんでもない」
「…………まあいいけど。俺別にからかってないから」
「……え、」
「お前が好きだ」


 死ぬんじゃないかと思った。
 心臓がこんなにも忙しく動いたことなんて今までになかったから、わたしはこのまま心臓がおかしくなる病気で死ぬんじゃないかと思った。締め付けられて苦しいし、なんだか切ないし、もう助けてほしい。わたし何してるんだろう。泣きそう。

「……素直になれないんじゃなかったの」
「だから素直になろうと思ったんだよ」
「…………」
「……お前はどうなんだよ」
「えっ」
「俺にばっか言わせんな、馬鹿」

 南沢が手で口を隠すようにして少し目をそらした。その耳はほんのり赤い。あの南沢が。あの南沢が照れている。ええええ。わたしは驚くと同時に胸がきゅんと締め付けられる感覚に襲われる。不覚にもときめいた。

「だ、だっていつも人のことからかってくるし……ナルシストだしむかつくし、そういうふうにしか思ってなかったのに。なのにいきなりひ、人の顔触ったり、意味わかんないこと言ったり、……いつもの南沢と違う、から、もうどうしたらいいかわかんないの!南沢のアホ!!」

 恥ずかしすぎてつい暴言に走ってしまうわたしは本当にかわいくない性格をしていると思う。これはブスって言われても仕方ない。わたしはまた顔が上げられなくて下を向いていたけれど、南沢の笑った声が聞こえたからな、何事?と思って南沢を見た。先程のかわいらしい照れ顔はどこへやら、いつもの余裕たっぷりな表情に戻っている。


「お前かわいいな」
「……!?」
「俺のこと、好きって言ってるようにしか聞こえない」



 そんなこと言ってない、と反論しようとしたけれど、言葉は喉の手前で留まった。そして南沢のどこか優しい目を見てあの熱を思い出し、わたしは負けた、と思った。もうこんなことを考えている時点でわたしは落ちていたんだと気づかされたからだ。
 何も言わなくなったわたしを見て南沢は余計楽しそうに笑って立ち上がった。時計を見たらもうすぐ授業が始まる時間だ。他の生徒も次々に自分の席に着き始めている。「今日のところはこれで勘弁しといてやる」と言い残して去っていく南沢の背中を、わたしは暴れる心臓を必死に押さえつけながら見ていた。あのドエスめ……!やっぱり南沢は性格が悪い。けれどその背中をいつまでも目で追ってしまうんだから、わたしも本当に、どうしようもない。



「おっ、なんだ、仲直りできたか?」
「……にんじんはやめてカリフラワーにしてやる」
「は?何の話だ?」



20131228
ミナトさんに捧げます。本当にありがとうございました!
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -