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※及川視点


 ディズニー行こうよ、なんて言葉がよもや澪ちゃんから飛び出すとは思わなかった。それは卒業を間近に控えた一月の寒い日のことだった。一月の宮城県は東北の名に恥じぬ凍てつくような寒さが連日続いていて、昼休みはめっぽうストーブ前を陣取って岩ちゃん達と駄弁る日々。外で缶蹴りしようとかサッカー部の連中が誘ってきたけど、無視する以外の選択肢がなかった。一回やったけど。

 そんな折、東京旅行のパンフレットと共に澪ちゃんが現れたのだ。ちょうど一年前、岩ちゃんまっつんマッキー澪ちゃん俺でディズニーに行った。真冬のディズニーランドは寒かったけど、宮城ほどじゃないわという結論に落ち着いた。

 澪ちゃんとふたりでディズニー。願ったり叶ったりな俺は、二つ返事で了承した。まさか澪ちゃんがあんな混雑したところに二度も行くと言ってくれるなんて。


 そうして迎えた今日は、学校の創立記念日だった。
 休校になるのを見計らって平日に来れたのは運が良かったとしか言えない。ただ、既に自由登校になっている高校もあるのか、チケット売り場には制服を身に纏ったJKたちが交じっていた。

「はい、チケット」

 澪ちゃんは鞄からコピー用紙を二枚取り出すと、俺に一枚差し出した。QRコードが印字されているそれを見て、俺は目を剥いた。

「何コレ」
「これもうチケットになってるの。並ばなくて済むから」
「え、本当に?用意してくれてたの?」
「うん」
「ありがとう。後でお金渡すね」

 澪ちゃんはやる気満々だった。
 そんな澪ちゃんの本日のコーディネートは、黒のタートルネックワンピースに白いMA-1を合わせている。足元は俺とお揃いのリーボックで、動きやすそうな格好だった。足元はがっちり120デニールの黒いタイツを履いてきた、と行きの新幹線で自分の太ももをぺちぺち叩きながら言っていたっけ。

 そんな俺もまた、黒いMA-1に白シャツを合わせて、下はスキニーだ。リュックを背負って、いつでもお土産入る仕様にしてきた。どこかペアルックっぽい装いに、若干テンションが上がる。打ち合わせなしでこれはすごいと思う。

「ディズニーシーは十年ぶりくらいかも」
「マジで?そんな振り?」
「うん。及川はクラスの人達と夏に行ってたよね」
「そうそう。男同士のムサい旅行だったけどね」

 お盆期間中の短い休みで行ったから、人もいっぱいいたし暑いし男しかいないしで色々アレだったけど。なんだかんだ楽しかったけど。カップルとすれ違うたびに仏頂面をこちらに向けるサッカー部の中井に『彼女と来ればいいじゃん』って言ったら殴られたけど。


 ゲートをくぐれば、そこは既に夢の国。
 入り口ではたくさんのキャラクターが待ち構えていて、澪ちゃんの眼がきらっと光る。意外にこういうのテンション上がるタイプなのは知っている。「写真撮る?」と聞くと、「……あとで」とどこかワクワクを制御している表情を浮かべていた。可愛い。

「まずトイストーリーのファストパス取っちゃってからまわろっか」
「うん、トイストーリー乗ってみたかった」

 アトラクションのある方向へと歩き出すと同時、腕を澪ちゃんに軽く出すと、するりと澪ちゃんも自らの腕を滑り込ませた。手繋ぐのもいいけど、腕組んだ方が幾分かあったかい。

「あ、忘れてた」

 不意に、自分の鞄をごそごそとさぐり始めたかと思えば、澪ちゃんはふたつカチューシャを取り出した。ミッキーとミニー、両方だ。ミッキーの方は、夏のディズニー帰りに澪ちゃんにそのままあげたんだっけ。

「はい、及川こっち」
「………やっぱり俺がミニーちゃんなの?」
「私リボン似合わないから」
「俺の方が似合わないよ!」

 もぉー、と唇を尖らせながらも頭の上へと装着する。俺の頭で揺れる赤いリボンを見て、澪ちゃんが優しく笑った。………まぁこの笑顔が見れるんなら、リボンくらいいいかなと思っちゃう俺も俺だけど。

「なんか今日空いてるかも。前来た時より全然歩きやすい」
「そうなの?確かにあんまり人いないね」

 トイストーリーのアトラクションのファストパスなんて、前は全然取れなかった。開園と同時に入ったのに取れなかったのに、今日はすんなり取れてしまうんだから平日と休日の差は恐ろしい。

 ゲットしたファストパスは、澪ちゃんが大事そうにスマホケースのポケットに差し込んでいた。ほくほく顔の澪ちゃんは、スマホで待ち時間を検索した後、「アリエルのショーが見たい」と言った。意外だった。ディズニープリンセスとか興味あるんだ。

「感動するってキャップが言ってた」
「あいつが!?あいつ感動とかそういう感情あるの!?」
「聞かなかったことにしてあげるよ」
「うん、そうしてくれるとすごくありがたい」

 澪ちゃんとあの獰猛女が仲良しなのも不思議なくらいだ。多分お互いさっぱりあっさりしてるから、馬が合うんだろうけど。澪ちゃんが国見ちゃんと漫画やゲームの貸し借りしてるのも、きっと同じような空気を持っているからに違いない。

「澪ちゃんチュロス食べる?」

 不意に目に留まったワゴンに、俺は一瞬足を止めた。腕を組んでる澪ちゃんもつられて足を止めたのを見計らってそう聞くと、澪ちゃんはぱっと表情を明るくした。

「食べる。及川は?」
「俺も食べる。半分こする?一個食べれる?」
「一個食べれる」

 大体甘いものは甘ったるくて飽きるとか言って全部食べれないことが多いのに、今日はどうしたもんか。夢の国のテンションにあてられてるのかもしれない。そんなチュロスもさほど並ばずに買えて、俺はお姉さんから受け取った二本のうち一本を澪ちゃんに差し出した。

 ぱく、と小さな口がチュロスにかじりついて、なんだかそれが可愛くて、思わず俺はスマホのカメラを起動させていた。カシャ、というシャッター音でカメラに気づいた澪ちゃんは、咀嚼しながら俺を見上げる。

「なに」
「リスみたいで可愛い」
「前歯出てた?」
「ううん。ぱくって食べてんのが可愛かった」

 カチューシャつけてチュロスを齧る澪ちゃんの写真は、静かにツイッターにアップした。『かわいい子と夢の国きてる』というふざけた文章つきでアップされた写真は、瞬く間にいいねが一気に10個もついた。みんな暇なのかな。

「中井に怒られちゃった」
「なんて来たの?」
「くたばれリア充、だって。彼女作ればいいのにね」
「かっこいいのにね」
「俺とどっちがかっこいい?」
「うーん……………」
「そこは悩まないでほしかった」

 ふたりとも黙ってればかっこいい、と言った澪ちゃんの正直さにきゅんとくる俺は末期だ。知っている。

 そうこうしているうちにアリエルのショーをやっているマーメイドラグーンまでたどり着いていて、海の中をイメージした地下通路に進んだ。軽快な音楽が耳を抜ける。澪ちゃんの横顔が綻んで、俺もつられて微笑んだ。

 澪ちゃんは言葉数こそ少ないけれど、その表情はわかりやすい。年の割に落ち着いているから誤解されてしまうことは少なくないけれど、人並みに楽しいことが好きなのを俺は知っている。


 アリエルのショーは、新しくなっただけあってとても可愛かったし楽しかった。場内に入ってからお客さんが座るまでの時間、俺の肩に頭をぽてっと乗っけてうつらうつらしている澪ちゃんはまるで赤ちゃんみたいだったけど。

「アリエルめちゃくちゃ可愛かったね」
「うん。私も髪の毛赤くしようかなぁ」
「全然想像つかないんだけど…………あ、でも茶色は似合いそう。俺と同じ栗毛っぽい色」
「及川のその栗毛の色ならいいかも」
「本当?お揃いにする?」

 えー、どうしよっかなぁ、と澪ちゃんはいたずらっぽく笑った。個人的に指通りのいい澪ちゃんの長い黒髪が好きだけども。マッキーは前に『澪は意外にハイトーンでショートとか似合うと思うわ』って言ってたな。確かに顔ちっちゃいから似合いそう。

「ねー澪ちゃん」
「ん?」

 次何乗る、とベンチに腰掛けた澪ちゃんがパンフレットを広げた。俺は少し伺うような態度で、澪ちゃんの顔を覗き込む。澪ちゃんの手を掴んでにぎにぎすることも忘れずに。
 
「俺タワーオブテラー乗りたい」
「………………」
「…………ダメ?」
「………………怖いんでしょ」
「怖くないよ」
「絶対嘘ついた。こっちを見て言いなさい及川くん」
「怖くないって。俺いるから」
「そんな良い声使っても無駄です」

 試合の時より真剣な表情を作って言ってみせたら、澪ちゃんもまた試合の時より真剣な表情でこっちを見ていた。
 絶叫があんまり得意じゃない澪ちゃんは、前来た時も絶叫が苦手な岩ちゃんとお留守番していたのだ。でも実は乗れないわけじゃないことが最近わかったから、俺は一緒に乗りたいんだけど。あわよくば吊り橋効果も狙ってるんだけど。

「エレベーターだよただの」
「ただのエレベーターから悲鳴は聞こえないよ」
「お願い澪ちゃん」
「……………えぇー」
「お願い。そのあとは全部澪ちゃんが乗りたいの乗るから」
「……………」
「……………澪」
「顔近い」

 ほっぺたぎりぎりまで顔を近づけてみたら、澪ちゃんは俺のほっぺをぐいっと手で押しやった。それでも見つめ続けていたら、澪ちゃんは俺の顔を数秒見つめた後で、「…………一回だけね」と溜息をつきながら言った。「やったー!」と叫んだ俺の手の甲を、真顔の澪ちゃんがつねった。




「それではいってらっしゃーい!」


 お姉さんの声がアトラクション内に響いた瞬間、澪ちゃんはガッと俺の腕を掴んだ。

「落ちるよね?これ落ちるよね?」
「うん、落ちるけど大丈夫」
「何回落ちる?一回?」
「うーん、四回くらいかな?」
「いじわる、及川いじわる、むり、あーむりしぬかも」
「その言い方いいね、いじわるってもっかい言って」
「嫌い」

 澪ちゃんが発した最後の言葉だった。あとは全て叫び声だ。正直あんな大声を出している澪ちゃんははじめて見た気がする。
 下まで降りて来たアトラクションがゆっくりと停止したのもつかの間、放心状態になっている澪ちゃんが俺の腕にぎゅっとしがみついた。

「意外に大丈夫だったでしょ」
「大丈夫じゃないよ!死ぬかと思ったよ!」
「ごめんごめん、俺の絶叫欲は満たされたからもう安心して」
「…………もういやだ、岩ちゃんに言う」
「じゃあ一回転するやつ乗る?」
「うそ、言わないから勘弁して………」

 ぎゅううと腕の力を強めた澪ちゃんに、いつもと立場が逆転していて俺の意地悪心が擽られた。でもその表情に申し訳なさもこみあげてきて、「ごめんね」と言いながら肩をとん、と澪ちゃんのほうへと寄せた。

「DV男の手法だ………」
「人聞き悪い!俺がいかに澪ちゃん至上主義か知ってるでしょ」
「でも及川自分の欲には忠実じゃん」
「否定はしない…………」

 だって澪ちゃんかわいいんだもん。

 そう口に出そうかと思ったけれど、これ以上は本当に岩ちゃんにチクられるからやめといた。あとから殴られるのは御免だ。





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