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「お腹いっぱいになってしまった」

 だいぶ遅い昼ご飯のローストチキンセットは、澪ちゃんにしては爆盛りチョイスだなとは思った。「単品じゃなくていいの?」と聞いたのに、澪ちゃんは「いい、食べれる」と答えたのだ。チュロスのあとにブラウニーなんたらも食べていたと言うのに。

「何その目。食べてくださいって?」
「食べれるでしょ、現役選手」
「引退しましたけど」
「大学でも続ける人は現役だよ」

 ああ言えばこう言う。そりゃあ部活は引退したけど、大学でも続けるつもりだし、青城がお世話になってる宮大のバレー部には週3で練習に参加させてもらってる。つまりまだまだ現役、食べ盛り。でも俺スペシャルセット食べた上にさっきスペアリブ食べちゃったからだいぶお腹はいっぱいなんだけど。

「食べてください」
「しょうがないねぇ」
「ありがとうございます及川様」
「徹くん大好きって言ってくれたらいいよ」
「徹くん大好き」
「もう凄いお腹いっぱいだってことだけは伝わって来たわ」

 どれ貸してみなさい、と澪ちゃんの食べていたお皿を手前に引き寄せて、俺は残りを掻きこんだ。とはいえチキン三分の一くらいどうってことはない。

 結局俺も澪ちゃんもしばらく動けなくて、三十分くらいレストランで休憩した後、次のアトラクションへと向かった。辺りは日が傾き始めた頃、ようやくトイストーリーに乗ることが出来る。

「わー、可愛い」

 トイストーリー周辺は、とても凝った作りになっている。この国はどこもかしこも凝っているけど、ここ最近できたばかりのエリアとあって気合いの入り方が違う。可愛い制服に身を包んだお姉さんにファストパスを渡して少し進むと、列に合流した。乗り場まではすぐだが、待っている間の空間も、自分達がおもちゃになった設定になっている為オブジェひとつひとつがでかい。

「あ、今日写メ撮ってない」
「さっき撮ったじゃん」
「澪ちゃんだけね。ふたりで撮りたい」

 SNOWを起動するのも慣れたもの。手を伸ばして斜め上あたりからレンズを向けると、澪ちゃんは俺の胸辺りに後頭部を乗せ、後ろに体重をかけるようにしてスマホを見た。

「撮るよー」

 カシャ、という小気味よい音が響いた。画面を確認すると、澪ちゃんがにまっと笑っていて、俺はいつも通り盛れる表情を作っている。澪ちゃんはあんまり写真が得意じゃないけど、最近笑顔が上手になったと思う。

「可愛い」
「どれ。……めちゃくちゃしまりのない顔してるね」
「ロック画面にする」
「えー、もっと可愛いのにして」
「じゃあめっちゃ盛ってね。わかった?」
「うん」

 もう一枚、と手を伸ばした時だった。澪ちゃんがすこし上目遣いでよそ行きの顔をしたときだ。

「前の人かっこいい」

 後ろに並んでいたJKがそう呟いて、思わず俺はシャッターボタンを押す指が止まる。澪ちゃんも気づいたようで、真上にある俺の顔をちろりと見上げた。

「……かっこいいって言われちゃった」
「ミニーちゃんなのにね」
「モテる男は何つけてても様になっちゃうってことかな」
「そうだね」
「ちょっとは否定して。つか突っ込んで」

 こころなしか澪ちゃんが眼を合わせなくなったような。……これはもしかして、ちょっとおへそが曲がってしまったかもしれない。

 俺は澪ちゃんの肩にのしかかるようにして体重をかけた。あんまりひっつくと怒られるけど、手を回してるわけじゃないからセーフだと思う。

「重いよ」
「澪ちゃんにかっこいいって言ってほしいなぁ」
「かっこいいかっこいい」
「全然思ってないじゃん」

 こういうところで意外にやきもちを隠さず態度に出してくれるのも、ちょっと嬉しかったりして。


 本題のアトラクションだけれども、パチンコ玉を飛ばして点数を稼ぐゲーム形式になっているそれは、澪ちゃんがド下手だということが判明して終わった。ポコポコ玉を打っても一向に点が入らない澪ちゃんをみながら笑いを押し殺す俺に、何度かつねられたけど。結構本気で。


「絶対機械がおかしかった」
「いや、澪ちゃん的狙ってるように見えなかったよ」
「うん、私も途中からどこ打ってんのかわかんなかった」

 あっさり非を認めた澪ちゃんは、思い出し笑いをしている。くすくす吹き出しながら、俺の肩をぱしっと叩いた。

「ふふ……っ、ぜんっぜん当たんないんだよ、本当」
「途中画面から見切れてたよね」
「やめて、思い出すから………っ………はー、ダメだ、私シューティングゲーム苦手なんだ」

 初めて知った、と澪ちゃんは言ってたけど、夏にお祭りの射的やってひたすら棚を打ってるところ見てから俺は知ってたよ。



●○●


「あー、楽しかった。めっちゃ綺麗だった」


 辺りはもうどっぷり夜で、きらきら光るネオンが綺麗だった。水上パレードを初めて目にした俺達は、そのストーリーと水や炎を使った演出に声を上げて喜んでしまった。澪ちゃんが終始「すごい」を繰り返すので、隣にいたちびっこに「すごいね!」と話しかけられてしまったくらいだ。

 綺麗に見えるポジションをャストのお兄さんが教えてくれて、俺達は柵越しに海を眺めて見ることが出来た。お兄さんと、平日の人の少なさに感謝だった。

「シンデレラいたね。つか澪ちゃん寒くない?」
「うん、大丈夫」
「ホテルまでバスで行けるから、もうちょっといれるよ」

 あったかいココアを飲みながら、ベンチに座って海を眺める。
 お土産でも買いに行くか、と提案しようとした矢先。くい、と澪ちゃんは俺の上着の裾を掴んだ。

「ちょっと休憩しよう。これ飲み終わるまで」
「……そうしよっか」

 二人並んでくっついて、ココアを飲む。ゆっくりとした時間が流れていく中、水上に立ったタワー型のイルミネーションがきらきらしている。
 こて、と澪ちゃんが俺の肩に頭を乗せてきたから、俺も澪ちゃんの頭にもたれた。ココアの入ったカップを持っていたからか、取った左手は暖かい。

「今日すごーい楽しかった」
「俺もすごーい楽しかった」
「………大学生になったら、また忙しくなると思うけど………及川は」
「えー、俺だけ?」
「私もうマネやらないもん」

 だから及川だけ、と言った澪ちゃんの声がどこか寂しく聞こえて、俺は思わずその左手を握る力をこめた。それに気づいた澪ちゃんもまた、俺の右手をぎゅっと握り返してくれる。


「でもまた来たいなぁ」


 俺は飲み干したココアのカップをベンチへと置いた。そして澪ちゃんの手を両手で包み込んで、その双眸をじっと見つめた。澪ちゃんの丸い眼がこっちを見てる。少しびっくりした表情が垣間見えた。

「また連れてくるから」
「………うん」
「俺がどんなに忙しくなっても、超スーパーミラクルやばい選手になって休む暇もなくバレーしてても」
「………ウルトラやばい選手じゃん、今も」
「もっと凄くなるから俺。………それでも、」
「………うん」

 ―――絶対また、連れてくるから。

 二人で過ごす時間が減るということは、俺がバレーに打ち込む時間が増えると言うこと。きっとこの子は俺のバレーを第一優先にするだろうし、俺もこの先の自分のバレーに賭けたい思いもプライドもある。

 でも、それは澪ちゃんが傍にいると思うからだ。


 澪ちゃんの眼にほんの僅か、涙が浮かんだ。俺はその頬を両手で包み込むと、下を向こうとしたその顔をくいっと上に向かせた。

「澪、こっち」
「やだ、」
「顔見せて。俺も今日一日のこと忘れたくないから」
「なんでそんなキザなこと言うの………及川だけだよ、ゆるされるの」
「かっこいいから?」
「……不本意だけど、そうだね」
「不本意は余計じゃない?」
「………なんか、意味もなく泣きそう」
「いいよ、別に。俺しか見てないし」

 楽しかったから、また来よう。

 その一言を告げると、澪ちゃんはついに頬に一粒涙をこぼした。三年の冬がもうすぐ終わる。この凍てつく寒さがいなくなったら、春告げ鳥が微笑む季節になるだろう。


「澪ちゃん」
「……………うん」
「大好き」


 寄せた唇も俺の気持ちも本物だ。
 イルミネーションに隠れるように、俺はその小さな唇を奪って見せる。


 外でチューなんかしたらいつもは怒る澪ちゃんだけど、今日は夢の国に免じて許してね。


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